◉話題作、読んで観る?◉ 第56回「あちらにいる鬼」

◉話題作、読んで観る?◉ 第56回「あちらにいる鬼」
監督=廣木隆一|脚本=荒井晴彦|音楽=鈴木正人|出演=寺島しのぶ/豊川悦司/広末涼子/高良健吾/村上淳/蓮佛美沙子/佐野岳/宇野祥平/丘みつ子/夏子/麻美/高橋侃/片山友希/長内映里香/輝有子/古谷佳也/山田キヌヲ|配給=ハピネットファントム・スタジオ R15+
11月11日(金)より全国ロードショー中
映画オフィシャルサイト

 直木賞作家の井上荒野が、父・井上光晴と愛人関係にあった瀬戸内寂聴をモデルにして描いた同名小説の映画化。主演の寺島しのぶは、出世作『ヴァイブレータ』の廣木隆一監督と久々のタッグとなり、剃髪シーンで実際に髪を剃り上げたことでも話題となっている。

 1966年、作家の長内みはる(寺島しのぶ)は、徳島で開かれた講演会で気鋭の作家・白木篤郎(豊川悦司)と知り合う。妙に馴れ馴れしい篤郎は、みはるの作風が大きく変わるとトランプ占いで告げる。

 帰京後、みはるの家を篤郎は度々訪れる。みはるには夫と幼い娘を捨て、駆け落ちした過去があった。篤郎は幼少期に母親が出奔したトラウマを持っていた。2人はお互いの欠けている部分を補うかのように激しく求め合う。

 篤郎の妻・笙子(広末涼子)は夫の浮気に気づいていたが、そのことで夫を責めようとしない。子どもたちの世話をしながら、篤郎の書いた原稿を清書する日々を送る笙子だった。

 井上荒野が両親と寂聴との関係を小説にした要因のひとつは、母・郁子が井上光晴名義で短編小説を密かに書いていた事実を知ったことだった。なぜ郁子は自分の名前で小説を発表しなかったのか、なぜ夫の不義を黙認したのか。母親が明かすことのなかった心情を、寂聴と比較することで描き出したのがこの物語だ。

 1973年、みはるは出家し、篤郎との不倫関係を清算する。男女の仲ではなくなったみはると篤郎だが、文学を通してより深く結ばれていく。また、笙子とみはるも同じ男を愛した者として奇妙な連帯感が生じていく。

 廣木監督の演出に応え、寺島と豊川は人間味たっぷりな顔を見せている。また、廣木組に初参加となった広末も、哀しみと慈しみが混じり合った複雑な表情を見せ、アイドル時代とは違った魅力を感じさせる。世間のモラルでは測ることのできない、自由な大人たちの恋愛映画として、見応え充分な作品となった。

 廣木監督作は湊かなえ原作の『母性』(11月23日公開)、佐藤正午原作の『月の満ち欠け』(12月2日公開)と続くが、まずは公開中の本作の観賞をお勧めしたい。

原作はコレ☟

あちらにいる鬼

『あちらにいる鬼』
井上荒野/著
朝日文庫

(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2022年12月号掲載〉

「推してけ! 推してけ!」第26回 ◆『十二月の辞書』(早瀬 耕・著)
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第218回