「鴨川食堂」第1話 鍋焼きうどん 柏井 壽
第1話 鍋焼きうどん
「同じ食材でも、買う店によって、そない違うもんか」
鶏肉を噛みしめながら、窪山が訊いた。
「ひとつひとつは大して違わんでも、重なり合うて出来上がったもんは、相当違いが出ますやろな。たとえば出汁昆布は、『藤屋』で松前産一等昆布というのを、鰹節は惣田(そうだ)かつをと鯖節を混ぜてもろてはりました。それにウルメイワシを足して、うどんの出汁にするんやと、千恵子はんは近所の奥さんに言うてはったみたいです」
「うどん出汁っちゅうのは、そないに手間がかかるもんやったんか。ナミちゃんは粉末のだしの素を愛用しとるようや。味が違うて当たり前やな」
窪山が椎茸を箸でつまんだ。
「出汁だけやおへん。その椎茸もです。生椎茸をいっぺん天日干しして、それを戻してから甘辛う煮付けるんです。そやから噛んだときに、旨みがジュワーッと滲み出る」
「あの天日干ししとったんは椎茸やったんか。手間かけとったんやな。たしかナミちゃんは生椎茸を煮付けとった」
窪山がしみじみと椎茸を味わう。
「そうは言うても、うどんを手打ちしたり、天ぷらをその度に揚げてたら、せっかちな秀さんには間に合わん。うどんと海老天は『花鈴』という小さい店のもんを使うてはったようです。同じ味ですやろ。ご主人に訊いたら、製麺の配合も、海老天の揚げ方も、先代のときとまったく一緒やと言うてはりました」
「桝やとか、藤やら、鈴がどやとか、買いもんに行く前に確かめとったんやな」
「土鍋に昆布と、ざく切りにした九条ねぎを敷いて、出汁を張る。秀さんがちゃぶ台の前に座ったら火を点ける。そんな段取りやったと思います。煮立ったら鶏肉を入れて、火が通ったら、うどんをほぐし入れる。最後に蒲鉾と麩、椎茸、海老天を載せて、玉子を割る」
流が順を辿る。
「メモしとかんといかんな」
窪山が手帳を取り出したのを、流が制する。
「ちゃんとレシピ書いてお渡ししますさかい」
「ナミちゃんに見せんとな」
「先に言うときますけど、これと同じような出汁にはなりまへんで」
「なんでやねん。その店に言うて、昆布と鰹節やらを送ってもらうがな。少々高ぅついてもかまわん。料理上手のナミちゃんなら、ちゃんと使いこなしよる」
窪山が不服そうな顔をした。
「水が違いますねん。京都は軟水ですけど、関東は硬度が高いと思います。そうすると昆布の旨みが、あんじょう引き出せませんのや。京都から水を取り寄せるという手もありますやろけど、鮮度が違いますしな」
「そうか、水が違うか」
窪山が肩を落とす。
「ちょっとおもしろい実験しましょ」
立ち上がって流が冷蔵庫から、水の入ったコップをふたつ出して窪山の前に置いた。
「飲み比べてください」
「AとBか。わしを試そうっちゅうねんな」
窪山が印の付いたふたつのコップを交互に口に運ぶ。
「どっちが旨いです?」
「どっちも、ただの水やがAの方が旨いな。まろやかなように思う」
窪山がAの付箋が貼られたコップを持ち上げた。
「Aは『桝方商店街』近くにある豆腐屋が使うてる井戸水です。Bの方は秀さんの生まれ故郷、御影(みかげ)にある造り酒屋の宮水(みやみず)。秀さんはもう京都の水に馴染んではるんですわ。水が合わん、てなことをよう言いますけどな。水に合わさんとあきませんのや。水は変えることが出来しません。その水に合わせて料理したらよろしいのや。秀さんも高崎に行かはったら、向こうの水に馴染まんとあきませんで」