◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第2話 Treasure hunting〈前編〉

◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第2話 Treasure hunting〈前編〉

羽田に北京便が到着した。税関ブースには、検疫探知犬も臨場する。

 第2話 Treasure hunting

 

「このあとですが、どうしますかね」

 腕時計を見ながら英(はなぶさ)が思案顔で言う。

 時刻は午後六時四十分になろうとしていた。

 今回の研修は旅具通関部門と同じく二十四時間勤務となっている。

「食事を済ませた方が良いかもな」

 警察も二十四時間体制で交代勤務を行っているので、タイムスケジュールの想像は槌田(つちだ)にもつく。当番時間外に夕食、そのあとは交代で仮眠という流れだろう。だが第一班の次の担当は午後七時からだ。今日の研修以降、空港の旅具検査に立ち会う機会が訪れるかどうか分からない以上、出来るだけ見学したい。夕食は八時以降にしないかと提案しようとした矢先に、「朝食も買っておかないとならないし」と言われて、わずかに眉を顰める。

「空港は二十四時間稼働していますが、飲食店のすべてがそうではないんです」

 槌田が質問をする前に、先んじて英が答えた。

 同じことがこれまで何度もあったと槌田は気づく。それだけ英は人のわずかな表情の変化を見逃さないということだ。捉えた表情から何を考えているのか察し、必要とあらば先回りして答える。英は見た目も物腰も穏やかで、一見すると捜査部門に携わる公務員には見えない。だが捜査官としてとても優秀だと槌田は思う。

「コンビニは開いてますよね?」

 国際線ターミナルの一階と二階に一店舗ずつ入っていたのを思い出して言う。

「ローソンと SKY MARKET の二店舗ありますが、商品の補充時間はローソンが朝六時、SKY MARKET は九時頃で、補充直前は一番品薄になります。それも、欲しいものがない程度じゃないです。お弁当やおにぎりやパンなどは、本当に棚が空になります。空港利用客以前に、空港勤務の各職員の命綱的な存在ですから」

 二十四時間稼働する空港を支える職員は官民合わせて多岐に亘る。その多くが食料の調達先としてあてにしているのなら、確かに棚も空になるだろう。ここは、郷に入ったら郷に従えで英の勧めに従った方が良いだろう。了承の旨を伝えようとした槌田の視線の先に、制服姿の女性職員が現れた。

「そうだ、この前、テレビでタリーを観たのよ!」

「あ、私も観た」

 弾んだ声で話しながら近づいて来たのは鈴木(すずき)と桜田(さくらだ)と森本(もりもと)の旅具部門第一班の女性職員たちだった。

「見損ねたぁ〜」

「テレビ局の公式配信なら、まだ観られるんじゃない?」

「え、観る観る!」

 どうやらテレビ出演したアイドルかミュージシャンの話に花を咲かせているらしい。ブース内では旅客や荷物に鋭い視線を浴びせている彼女たちも、こうしてみるとやはりまだ年若い女性だなと槌田は思う。

「タリー、元気だった?」

 番組を見損ねた森本が、隣の桜田の腕を掴んで揺すりながら訊く。

「元気元気、がんがん摘発してた!」

「あのいつもの?」

 目の前に近づいて来た桜田が発した摘発という言葉を槌田の耳が捉えた。

「そう、いつもの。すっと近寄って、くんっと一嗅ぎしてお座り。ほんっと男前だったー」

 続いた桜田の言葉に槌田は混乱する。くんっと一嗅ぎ、お座り。それらから連想出来るのは犬だ。

「顔も可愛いし。転勤になって会えなくなっちゃって寂しくて。私、タリーが一番好きだったんです」

 摘発、犬、転勤。その三つから槌田が導き出したのは、麻薬探知犬だった。税関では薬物摘発のために麻薬探知犬を導入している。

「確かに。でも私はちょっとシブいおじさんテイストのニールも好きかな」

 鈴木が違う名を出してきた。

「あ、分かるかも。ちょっと疲れた感じの哀愁漂ってますよね」

「そうなのよ。耳が他の子よりも垂れてる感じがいいのよ。ビーグルだけどバセットハウンドっぽい感じで」

 ビーグルならば検疫探知犬だ。旅客の手荷物の中から動植物検疫の検査を必要とする肉製品、果物等を嗅ぎ分けて発見している。税関エリア内でよく見かけるから愛着が湧いているらしい。三人は身分証で自動ドアを開けて税関エリアへと出て行った。

「今のって検疫探知犬の話ですよね?」

「ええ。タリーは私も覚えています。羽田在籍時に三千件以上の摘発をした優秀な犬です」

「転勤したんですか?」

「ええ、犬も交替しますので。とうぜん新人、いや、新犬」

 顎に手を当てて悩み出す英に「意味は分かるのでどちらでも」と伝える。

「訓練を終えたばかりのニューフェイスを入れてしまうと、その分ベテランがいなくなってしまう。だから、キャリアを積んだ犬を転勤させて、常に一定の能力にしているんですよ」

「人間と一緒ですね」

「ええ。辞令も出るんですよ」

 税関への出向辞令を受けたばかりの槌田の頭の中に、その様子が浮かびかけた。だが犬に辞令の書かれた書類は渡さないと気づいて打ち消す。

「検疫探知犬はハンドラーとペアなので、セットで異動になるんですよ」

「検疫職員もですか」

「いえ、検疫探知犬とハンドラーは外注です」

 検疫探知犬はペット関連商品の輸入・使役犬業務を執り行っている会社と契約を結び、実務を任せているのだと英が説明してくれる。

「東京税関の麻薬探知犬も飼育管理業務はそこに頼んでいます」

「え?」

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日明 恩(たちもり・めぐみ)

神奈川県生まれ。日本女子大学卒業。2002年『それでも、警官は微笑う』で第25回メフィスト賞を受賞しデビュー。他の著書に『そして、警官は奔る』『埋み火  Fire’s Out』『ギフト』『ロード&ゴー』『優しい水』『ゆえに、警官は見護る』など。

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