滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第1話 25年目の離婚 ①
アメリカ発、こじらせまくりの新感覚エッセイ、連載スタートです!
第1話 25年目の離婚
知り合いの一人に、ポールという名前のイタリア系アメリカ人がいて、ポールは、気分が冴(さ)えないときとか、車が渋滞に巻き込まれたときとか、出張中、手すきになったときとかに電話をかけてくる。ほかの人の付き合いがどうなっているのか知らないけれど、わたしにはよくある知り合いのタイプで、売れないシンガーのアイリーンなんか、ほとんど仕事をしていないから毎日退屈していて、退屈が頂点に達すると、「そうだ、ちょっとキミコに電話でもしてみようか」という気になって、退屈しのぎ、もしくは鬱憤晴らしに電話をかけてくるし、保険会社に勤めるフレッドだって、電話をかけてくるのは、仕事のあと、自宅のあるスタッテン・アイランドへ帰るフェリーかバスに乗っているときの時間つぶしで、最近かかってこないと思ったら、マンハッタンに引っ越して通勤時間がなくなったからだった。時々、こんな自分の存在はいったい何なのだろうと思うこともある。
何にしても、ポールが一番最近電話をかけてきたのは、おととい、わたしがブロードウェイのミュージカルの招待を受けて、最前列の席で舞台の俳優たちといっしょに紙吹雪を浴びていい気分になっていたときだった。携帯をオフにするのを忘れていたのに気付いて慌てて切って、うちに帰ってから思い出してメッセージを聞いたら、ポールは、この間の豪雨で貸し家の地下室が二軒とも水浸しになって、ポンプで水を汲(く)みあげているところで、なんだか疲れ切ったようすだった。声が、とても沈んでいた。
実は、ポールにはいろいろな心労があって、水浸しの地下室はまだしも、仕事上のカリフォルニアやペンシルベニアの法規制の問題のほか、パーソナルな面でも四半世紀にわたる由々しき問題があるのだ。彼の悩みを聞くたびに、行き場のない重苦しい気持ちがこっちにも伝染してきて、息苦しくなってくる。周りには、もっと深刻な問題を抱えるサムやジェイソンやラリアがいるのに、彼らよりポールの問題のほうに身をつまされる思いをするのは、いったい、なぜなんだろう。
事の起こりは、ポールが三十二だったとき、同僚と交わしたあるジョークにさかのぼる。
それはポールが半年間、仕事で韓国に派遣されていた最中のことで、ある週末、ポールは、同僚にいっしょに食事に行かないかと誘われた。
「まさか、君のデートの邪魔をするわけにはいかないだろう」そうポールが言うと、
「それじゃあ、今から相手を見つければいい」同僚が言った。
そこでポールは三十分でダブルデートの相手を見つけるために、面白半分で英語が通じる外国人向けの店に入り、応対した女性の売り子に「今晩、夕食はどうですか」と申し出た。女性はポールの唐突な申し出に応じてディナーに出かけ、これをきっかけに、ポールはこのスジョンとデートを繰り返すようになった。ポールは韓国語がしゃべれないし、韓国に仕事仲間以外の知り合いも友達もいない。週末を持て余していたポールにとって、片言ながらも少し英語がしゃべれるスジョンは、願ってもない韓国との橋渡し役だった。
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