【著者インタビュー】山極寿一『ゴリラからの警告 「人間社会、ここがおかしい」』

動物としての人間の視点に立ち返り、文明を論じるユニークな一冊。第26代京都大学総長であり、霊長類学者でもある著者にインタビューしました!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

人類が幸せを掴むためのヒントは「霊長類的視点」にあった!ゴリラ研究の権威による文明論

『ゴリラからの警告 「人間社会、ここがおかしい」』
ゴリラからの警告 書影
毎日新聞出版 1400円+税
装丁/寄藤文平+吉田考宏(文平銀座)

山極寿一
著者_山極寿一
●やまぎわ・じゅいち 1952年東京都生まれ。京都大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学。理学博士、霊長類学者。2014年から京都大学総長。2017年6月から国立大学協会会長、同年10月から日本学術会議会長を兼任する。ゴリラ研究の世界的権威で、座右の銘は「ゴリラのように泰然自若」。著書に『暴力はどこからきたか 人間性の起源を探る』『「サル化」する人間社会』『京大式 おもろい勉強法』など多数。175cm、82㎏、A型。

経済優先の社会において高齢者が生産的でない時間を生きていること自体が重要

第26代京都大学総長は霊長類学者であり、〈ゴリラの国〉への数少ない〈留学〉経験者である。ジャングルに留学中は、〈ゴリラに叱られながら、彼らの国のマナーを学んだ〉。初めのうちは警戒され、襲われてケガをしたこともあるが次第に受け入れられるように。〈一頭のゴリラになって〉生きてみると、ゴリラの中に〈サルではなく、ヒトを見た〉。〈少し道を違えればゴリラのようになっていたかもしれないヒトの過去が見えるような気がしたのだ〉。
常識は本当に常識かと疑う視点は、この時の経験から生まれている。〈ゴリラの目で見た人間社会の不思議をまず見つけだし、それが今どのような働きをしているかを検討してみることにした〉。そうして書かれた本は、「人間とは何か」というマジメで本質的な問いを投げかける。

毎日新聞の連載コラム「時代の風」を大幅に加筆して一冊にまとめた。
「タイトルが『時代』と『風』という依頼でしょ。ぼくならどう表現するかと考えたとき、ゴリラを研究してきたので、やっぱりゴリラの目でみたらどう見えるかということになったんです。いまの時代ってものすごく急激に、大きく動いていて、そこに、人間がこれまで感じたことがない風を当ててみようと思ってね」
〈ゴリラと人間の間を行きつもどりつしながら〉というユニークな視点は、たしかに誰もが持てるようなものではない。
たとえば、〈ゴリラは食べるとき分散するのに、人間は集まっていっしょに食べようとする〉。さらに、〈けんかの種となるような食物を分け合い、仲よく向かい合って食べるなんて、サルから見たらとんでもない行為〉なのだそう。
〈信頼関係を築くため〉の、もっとも〈人間的〉であったはずの行為を、だがいま私たちは、食事時間を短縮したり、個食を増加させたりして手放しつつある。〈現代の私たちはサルの社会に似た閉鎖的な個人主義社会をつくろうとしているように見えるのだ〉
「新聞の連載だから、みんながわかるようなものにしようと、食事や住まいのことなどを入り口にしたり、『あらしのよるに』という現代歌舞伎を題材にして、『オオカミは必ずヤギを襲う』みたいな常識と思われていることがはたして絶対なのか、と考えたり」
人間社会の争いや、社会に蔓延する悪意や敵意、暴力についても〈解決のカギ〉を動物たちの暮らしに求めて歴史をさかのぼる。〈言葉も文明ももたない時代の人間を想像するには、人間以外の動物をヒントにする必要がある。しかし、残念ながら西洋にはその学問の伝統がない。それは日本の育ててきた霊長類学が答えを出せる領域なのである〉
「時代の風」連載中の2014年10月に、京大総長に選出された。望んだ立場ではなかったが、「大学は窓」を目標に掲げ、インターネット上で英語による無料講義「MOOC」をするなど、さまざまな新しい取り組みを通して大学の発信力を高めてきた。
学生が中心になってできた、「新しい総長グッズを作ろう!プロジェクト」のひとつである「野帳」には、扉のページに〈大学はジャングルだ〉という言葉が記されている。
「これはぼくが実際に受けた印象なんだけど、大学とジャングルはよく似てますよ。多様性と長い歴史があり、自分の専門以外は知らないこともたくさんある。野帳には、『ここにこんなものが』と発見したことを書きとめます。人間は忘れやすい動物で、だからこそ新しい知識を詰め込めるわけだけど、大事なのはその瞬間、感じたことを忘れないこと。手を動かして書くと身体化できるんです」

死後の世界から逆算して生きる

サルと同じく、視覚的に世界を把握する人間は、認識した情報を言葉に変換し、知識を外部化して、想像力で補いながら共有してきた。いまはそれが、インターネットで瞬時に共有できる。
「知識を脳の外のデータベースに頼ると、どんどん脳はしぼんでいくと思う。ぼくが恐れるのは、人間は記憶するだけじゃなく考えることもやめてしまうんじゃないかということですね」
Amazonで本を買えば、次に選ぶべき本はこれと薦められる。音楽も、レストランの選択も、集積された膨大なデータから最適解が送られてくる時代だ。
「その次には、外部化した知性が人間を操作する段階が来るかもしれない。AIができないことって何だろうと考えたとき、たぶんその中に、人間にとってすごく大切なものが含まれているんです。たとえば死後に何か世界があると思って、そこから逆算して今を生きているのは人間だけで、AIにはその発想はない。この本も、人間について考えるヒントにしてもらいたい」
サルや類人猿の社会は、一度、群れを離れると、元には戻れない。戻ろうとしても、元の仲間に攻撃されて追い出されるからだ。
それに対して、〈人間はなんと許容に満ちた社会をつくってきたことか〉と山極氏は書く。いろんな集団を渡り歩くことも可能だし、〈数十年の不在もまるでなかったかのように受け入れてもらうことができる〉
だが〈昨今の人間社会は次第に不在を許容できなくなっている〉。常にスマホを見て呼びかけに応じなくては仲間に拒否される、人間の歴史に逆行するかのような〈閉鎖的な感性〉が育っているというのだ。
「時間の概念がどんどん効率的になっていることも大きい。経済優先の社会では、時間というのはコストに換算されてしまうけど、実は人間同士の関係はコストに換算されない時間に意味がある。そういう時間をいまだに持っているのが老人と子どもです。歯車のひとつとして『何かの役に立つ』という発想じゃなく、高齢者が生産的でない時間を生きているということ自体が重要と考えるべきなんです」
総長に就任して四年目。ほかにも国立大学協会の会長、日本学術会議会長という要職も兼任、ゴリラに会う時間もなかなか取れないと聞くが、東京・丸の内の京都大学東京オフィスで取材した山極氏は、こんがり日焼けしていた。
「アマゾン流域のマナウスに近いフィールド・ステーション(調査・研究拠点)の開所式に先週、行ってきてね。アマゾンカワイルカと遊んでたから焼けちゃった(笑い)」

●構成/佐久間文子
●撮影/三島正

(週刊ポスト 2018年6.29号より)

初出:P+D MAGAZINE(2018/09/13)

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