町田康『きれぎれ』/芥川賞作家・三田誠広が実践講義!小説の書き方【第87回】だんだん慣れてきた

芥川賞作家・三田誠広が、小説の書き方をわかりやすく実践講義! 連載第87回目は、町田康『きれぎれ』について。現実と想像が交錯した世界を描いた作品を解説します。

【今回の作品】
町田康きれぎれ』 現実と想像が交錯した世界を描く

現実と想像が交錯した世界を描いた、町田康『きれぎれ』について

ホップ、ステップ、ジャンプ、という言葉があります。陸上競技の三段跳びですね。3歩目で砂場に跳び込んで、跳んだ距離を競います。三度目の正直、などという言い方もあります。とにかく町田康さんは、3回目の候補で、見事に受賞に到りました。まずはめでたいことですが、なぜ3回目で受賞なのかと、改めて考えてみると、最初は不慣れで違和感だけだったり、これはただ奇をてらっているだけの一発屋ではないかと警戒していた選考委員たちが、「だんだん慣れてきた」ということではないかと思います。

何に慣れてきたかというと、町田さんの、この文体ですね。奇妙な文体です。アヴァン・ポップの一種ともいえるのですが、もっと日本的で、下世話なものです。何というか、前衛的なわけのわからない文章に見えて、何となく身近なおしゃべりにも感じられる。ロックのバンドのメンバーが、練習の合間に、合法ドラッグ(いまでは合法ではなくなりましたが)でもやりながら、ひたすら何かを叫んでいるといった感じですね。

文章全体を読み取ろうとすると、意味不明としか言いようがないのですが、一つ一つの言葉には意味があるし、この人は何かを言おうとしているのではないかという気がして、身を入れて言葉の意味を探りたくなる、妙に気になる文体なのです。何かに似ているかな、と考えてみると、まあ、ロックの歌詞には、こういう意味不明なものが多いですね。わかりやすいメッセージを伝えるAKB48とか、いきものがかりの歌とは対極にある、言葉の暴力性みたいなものを感じます。さらに言えば、ジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』という作品にも、ちょっと似ている気がします。

意味を探りたくなる独特の文体

とにかく町田さんの文体は、とっつきにくくて、すぐには理解できません。だから最初に出会った時は、わけわかんねえ、と投げ出したくなるのですが、3回目くらいになると、ここには何かがあるという感じがして、評価したくなるのですね。

最初の『くっすん大黒』では「饒舌体の語りは面白いが、昨今都会に多い一種の精神的ホームレスといった人間像がいま一つ書き切れていない」と書いていた石原慎太郎さんは、2回目の『けものがれ、俺らの猿と』でも「例によって悪夢的イメイジの映画のワイプに似たモンタージュだが、いかんせんマナリスムの観が否めない」と否定的だったのですが、3回目の本作になると、「今日の社会の様態を表象するような作品がそろそろ現れていい頃と思っていた。その意味で町田氏の受賞はきわめて妥当といえる」と絶賛に近い評価になっているのです。

だんだん慣れてきたのですね。もう1人、実例を挙げましょう。黒井千次さんの選評のホップ、ステップ、ジャンプを見てください。「前半と後半に分裂が見られ、意図の達成の阻まれた感がある」「常に追い詰められ、走り続ける主人公の姿に負の存在感がある。ただ、もう少し違った絵を見たい、との望みも抑え難い」「作の土台が強固に築かれ、言葉が飛んだり跳ねたりしても全体が壊れぬ強度の備ったのが心強い」。ねえ、やっぱり、だんだん慣れてきていますね。

1回目、2回目ともまったくの無視だった池澤夏樹さんが「ここまで密度の高い、リズミックかつ音楽的な、日本語の言い回しと過去の多くの文学作品の谺に満ちた、諧謔的な、朗読にふさわしい、文章を書けるというのは嘆賞すべき才能である」と急にベタ褒めになっているのも印象的です。

評価が真っ二つに分かれる作品

でも、まったくぶれない選考委員もいます。宮本輝さんの選評を見てみましょう。1回目「私は格別の感想はない」。2回目「私は読むにつれて、いつのまにか眉に唾してしまう。はがれやすい化けの皮が見え隠れして仕方がないのだ」。3回目「読み初めてから読み終わるまで、ただただ不快感だけがせりあがってきて、途中で投げ捨てたくなる衝動と戦わなければならなかった」。ほら、見事なほどぶれていないですね。ここが宮本輝さんのすごいところですし、正直なところですし、頑固なところです。

いま、この作品だけを読み返しても、多くの読者が、宮本輝さんと同じ感想をもつだろうと思います。そういう作品ですし、だから芥川賞というものは、なかなかに面白いのですね。受賞作が話題になるのも当然です。賛否両論、その落差があまりに激しい作品が時々出現するので、読者としては、気になってしまうのですね。

最初の『くっすん大黒』から、順番に3作を読んでみるというのが、1つの読み方だと思います。選考委員の半ば以上が、これで評価できるようになっているのですから、きっとあなたも同様だろうと思います。でも入手が困難かもしれませんし、手間もお金もかかりますから、ぼくがよい方法をお教えしましょう。まずこの作品を1回、読んでみる。それからしばらくして、もう1回読んでみる。さらに少し間を置いてから、3回目にトライしてみる。これで大丈夫です。だんだん慣れてきて、読めるようになるでしょう。そして、この作品の魅力がわかってくるはずです。

3回読んでもわからなかったという人は、つまり、あなたは宮本輝さんと同じなのです。正直で、頑固な人なのですね。でも宮本輝さんはすごい作家ですから、それでもいいではないですか。この作品のよさがわからなくても、宮本さんの作品を楽しんでいただければ、あなたはりっぱな読書家であり、健全な文学愛好家といえるのです。

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初出:P+D MAGAZINE(2020/04/09)

藤田達生『藩とは何か 「江戸の泰平」はいかに誕生したか』/日本の社会を変えた「藩」を知る
◎編集者コラム◎ 『ボローニャの吐息』内田洋子