芥川賞作家・三田誠広が実践講義!小説の書き方【最終回】小説は奥が深い

芥川賞作家・三田誠広が、小説の書き方をわかりやすく実践講義! 2016年に第1回を掲載し、100回以上続いた人気連載も、ついに最終回を迎えました。改めて連載を振り返り、小説家をめざす読者にむけてメッセージを綴ります。

【最終回】小説は奥が深い

 この連載も最終回となりました。ぼくは大学で小説の書き方を教えています(2017年8月現在)ので、「よい小説」のお手本として、芥川賞受賞作を採り上げ、どこが「よい小説」なのかを語ってみようということで、連載を始めたのです。ただし採り上げる作品には一種のしばりがありました。電子書籍のサイトでの連載なので、対象となる作品をすぐに読んでいただけるように、電子化されている作品に限るということでスタートしたのです。

 月に2回の連載が100回を超えたということは、4年半くらい連載していたことになります。スタートした当時は、電子書籍の点数も限られていたので、すぐに対象となる作品が尽きてしまい、純文学ふうの直木賞作品にも言及することになりました。最近は、紙の本の発売と同時に電子書籍の配信も始まるようになりましたので、たいていの受賞作がただちに電子書籍になります。受賞直後に原稿を書くということも多くなりました。

 それで気がつくと、もうほとんどの芥川賞作品に言及してきましたので、ついにタネが切れてしまったという感じで、今回で最終回ということになりました。ぼくも高齢者なので、大学の先生もそのうち引退することになりますが、長く大学の先生を続けてきてよかったと思っています。若い人たちと話をすることで、現代というものがよく見えるようになりますし、社会の問題点も見えてきます。ただ日々学生さんと接していると、隔世の感というか、自分が学生だった五十年ほど前とは、若者たちの生き方も違っているなと感じることがあります。

純文学とは何か

 終戦から日が浅かったということもありますが、昔の若者には向上心がありました。つねによりよきものを求めて、何かを学ぼうという姿勢がありました。文学でいえば、同時代の外国文学がいまよりも多く紹介され、学生たちも熱心に読み、仲間うちで議論もしました。芥川賞についても、過去の作品から同時代のものまで、しっかりと目をとおし、その上で、これからの文学はいかにあるべきかと、論争などもしていたように思います。又吉直樹さんの『火花』の登場人物が、「お笑い」についてしつこく議論するように、若者たちは文学をめぐって議論を深めていたのです。

 いまはゲームとコミックの全盛時代で、その要素を採り入れたライトノベルも人気があります。文学の中枢にある純文学と、周辺に位置づけられているライトノベルとの距離がかなり離れていると感じられることもあります。それだけ文学の幅が広がったということもできるのですが、ライトノベルを読む人にとっては、純文学は理解不能で、自分とは縁のないものという感じが、若者たちの間に広がっているのではと思われます。

 そういう若者たちにも、純文学のおもしろさを伝えたいと思い、芥川賞作品を対象として、純文学としての目のつけどころ、おもしろさのポイント、どうやったら芥川賞をとれるのか、といったことがわかるように書いてきたつもりですし、連載を順番に読んでいただければ、そもそも純文学とは何なのか、ということもわかってくるのではないかと、期待をこめて書きました。

次の時代の新しい文学を

 しかし改めてこの百回にわたる連載を振り返ってみると、純文学とは何なのか、かえって謎が深まった気もします。べつに純文学とは何かと定義をする必要はありませんし、時代とともに解釈も変わっていくのでしょうが、それでも年2回の芥川賞選考の行事はいまも続いていますし、その度にマスコミやネットで話題になることも事実です。パソコンとスマホの時代になっても、文芸誌は存続していますし、今後も純文学というものはつねに議論のテーマとなっていくでしょう。

 売れるときには、百万とか三百万とか、桁外れに売れることがあるのに、ふだんはまったく売れないし、時には読んでも理解できない作品もある。それが純文学ですし、芥川賞なのです。だから文学はおもしろいのです。奥が深いのです。

 ぼくはいまは、歴史小説を主な仕事としています。でもぼくは、自分の書いているものを、大衆小説だとは思っていません。単に、文学だ、と思っています。自分が文学だと思うものを、楽しみながら書いているのです。

 いかに生きるべきかの指針となる作品、あるいは指針が見つからないために、苦しみ悶えながら試行錯誤するありさまをリアルにとらえたもの……これがぼくにとっての文学なのですが、古い言葉を使えば、「青春小説」ということになるでしょうか。

 自分の作品でいえば、『僕って何』から『いちご同盟』までは、誰が見ても青春小説だといっていいでしょう。その後ぼくは、同時代をテーマとした作品を書かなくなりました。歴史上の人物にスポットをあてて、その人物が生きていく姿をとらえる、永遠の青春小説といったものを目指しています。

 同時代に目を向けなくなったのは、自分が高齢者になったからです。ぼくは孫が六人いますが、最年長の孫は高校生です。オープンキャンパスの模擬授業に出ても、孫を相手にしているような感じになってしまいます。いまの時代の青春小説は、若い人に書いてもらいたい。そういう思いで、教壇に立ってきました。この連載も、読者の中から、新しい時代の書き手が出てくるのではないかと期待をこめて書きました。読者の皆さん、次はあなたの番です。次の時代の新しい文学となる、新たな受賞作を、あなたの手で書き上げていただきたいと思います。

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初出:P+D MAGAZINE(2020/11/26)

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