▽▷△超短編!大どんでん返しExcellent▼▶︎▲ 冲方丁「小池」

「大どんでん返し」第10話

「てめえ小池、馬鹿野郎。ガサが入るって教えたろうが。なんでいるんだよ。姿消しとけよ。お前を取調べしなきゃならねえだろうが」

 刑事が詰った。取調室で向かい合う小池が、申し訳なさそうに首をすくめた。

「すいません。こいつを充電してたせいで出るのが遅くなって……」

「妙な腕時計だな」

「携帯電話とつながってて、心拍数とかでヘルスケアを――」

「うるせえよ。お前、その調子で余計なこと喋ってねえよな?」

「刑事さんに分け前を渡してることは、誰にも話してません」

「口に出すな、阿呆。ったく、逮捕されねえようにしてやるから、追加料金よこせ」

 小池は素直に懐から財布を出した。刑事がひったくり、ぎっしり入ったお札を抜き取った。

「おいおい、ずいぶんあるじゃねえか」

 空の財布を小池に投げ返し、刑事がご満悦の様子でお札を数え始めた。

 そのとき急にドアが開いた。ずかずかと部屋に歩み入る人物に、刑事がぎょっとなった。

「か、課長!?」

「まんまと小池にはまったな、どんぐりめ!」

「えっ、どんぐり?」

「どんぐりころころ、どんぶりこ♪ 小池ヽヽにはまって、さあ大変♪」課長が朗らかに歌い、刑事から金をむしり取った。「お前が犯罪者たちから金を巻き上げてるのはわかっていた。証拠をつかむため、おれが小池に金を渡して一芝居打たせたのさ」

「て、てめえ、小池っ!」

 刑事が激昂した。縮こまる小池をよそに、課長がお札を数え始めた。

 そのとき急にドアが開いた。颯爽と現れた人物に、課長が目を丸くした。

「ぶ、部長?」

「まんまと小池にはまったな、どんぐりめ!」部長が鋭い𠮟声を放ち、課長から金を取り上げた。「お前が本署の金庫から金をくすねていることはわかっていた。お前が小池に渡した金は、通し番号を記録したうえで私が金庫に入れておいたものだ。小池には、お前から金を受け取ったら、私に通報するよう言っておいた」

「な、なんだと、小池っ!」

 課長が怒り狂ってわめき、小池が総身をいっそう縮めた。部長は軽蔑のこもった鼻息を漏らし、お札を懐に入れようとした。

 そのとき急にドアが開いた。厳めしい顔で現れた人物に、部長がぽかんとなった。

「ふ、副署長?」

「まんまと小池にはまったな、どんぐりめ!」副署長が、部長の手から素早くお札を奪った。「押収した偽札が保管庫から消えた件で、私はお前を疑っていた。お前が偽札を所持している証拠を得るため、小池に、すかしのない札を渡されたら私に教えるよう言っておいたのだ」

「お、おのれっ、小池ーっ!」

 部長が怒号を上げた。小池がテーブルに顔がつきそうなほどうつむき、刑事と課長が揃って呆然とするのをよそに、副署長が指を舐め舐め、お札を数え始めた。

 そのとき急にドアが開いた。つかつかと入って来た人物に、副署長が凝然となった。

「しょ、署長?」

「まんまと小池にはまったな、どんぐりめ!」署長が一喝し、副署長の手からお札をむしり取った。「お前が、押収した麻薬を保管庫から持ち出し、常用していることはわかっていた。この偽札に麻薬を染み込ませておいたところ、案の定、お前は匂いに気づき、毎日お札をぺろぺろしていたな。だが偽札を部長に持ち出され、慌てて取り戻そうとした。そこで私は、小池に検出用の試験薬を渡し、麻薬とお前の唾液が染み込んだ偽札を確認したら連絡するよう頼んだのだ」

「そ、そんなっ、小池ーっ!」

 副署長が絶叫した。テーブルの下に隠れる小池をよそに、署長が両手を上下させて人々を宥めた。

「落ち着け。私が全て隠蔽してやる。こうも署員が犯罪者だらけでは、私の出世が絶望的になるからな」

 そのとき急に小池が立ち上がった。

「まんまと小池にはまりましたね、どんぐりさんたち」小池自ら言い放ち、携帯電話を取り出した。「ある記者から、警察の悪事の証拠を渡せば金を出すと言われたんですよ。ここでの会話は全て録音させて頂きました。出世は諦めて下さい、署長」

「ふざけるな、小池ごときがーっ!」

 署長がお札を放り出し、小池に跳びかかって首を絞めた。誰も止めなかった。小池は必死にもがき、抵抗したが、やがてぐったりと動かなくなった。

「何も心配ない」署長が息を荒げて断言し、お札を拾い集め、死んだ小池の口内に突っ込んだ。「こいつは麻薬が染み込んだお札を食って喉に詰まらせたんだ。いいな?」

 刑事、課長、部長、副署長が無言でうなずいた。

《ユーザーの心拍停止を確認》

 全員が驚いて跳び上がった。小池の手に握られたままの携帯電話が、音声アシスタントを起動させているのだ。

《心拍停止時の設定に従い、最新の録音データをSNSアカウントで公開しました。入力されたテキストを音声で再生します。〝ヘルスケアの診断がきっかけで末期癌とわかったおれは、警察の悪事を隠蔽する署長に殺されることで、やつの正体を暴こうと決めました〟》

 愕然と凍りつく五人へ、携帯電話が告げた。

《まんまと小池にはまったな、どんぐりめ》

  


冲方丁(うぶかた・とう)
1977年岐阜県生まれ。1996年『黒い季節』で第1回スニーカー大賞金賞を受賞してデビュー。2003年『マルドゥック・スクランブル』で第24回日本SF大賞受賞。09年に刊行した『天地明察』で第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞を受賞。2012年『光圀伝』で第3回山田風太郎賞受賞。他の著作に、『十二人の死にたい子どもたち』『はなとゆめ』『麒麟児』『月と日の后』『戦の国』『剣樹抄』『アクティベイター』『骨灰』『SGU 警視庁特別銃装班』『マイ・リトル・ヒーロー』などがある。

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