▽▷△超短編!大どんでん返しExcellent▼▶︎▲ 吉田棒一「送迎」
![「大どんでん返し」Excellent第16話](https://shosetsu-maru.com/wp-content/uploads/2025/02/daidonden_16_banar.png)
就職氷河期に正社員で鉄鋼メーカーに滑り込めたのはよかったが、それから二十年かけてあらゆる職場をたらい回しにされ、五年前に今の部署に辿り着いた。総務課秘書室庶務グループ。所謂「窓際」というやつで、出社しても私に仕事はない。
同期はとっくの昔に出世して、営業だったら支店長に、技術系だったら工場長や研究所長になっている。会社をやめて一端の起業家になった者もいる。私だけがこうなった。みんな今となっては手の届かない存在だ。
同僚と呼べるのは社長秘書の女だけだが挨拶もないし会話もない。異動してきたばかりの頃「何か手伝うことはないですか」と尋ねると「特にありません」と言われたきり、今日まで数えるほどしか接していない。これまでの失敗や失態は噂話や陰口となって社内に出回っている。全てを知ったうえで私を働かせないように画策しているのだ。
ある夕刻、彼女の母親が亡くなったと会社に電話があった。忌引きで三日ほど休むという。「まったく気が進まないのですが」とはっきり言ったうえで、彼女は担当するはずだった仕事をしぶしぶ私に引き継いだ。
それは社長の送迎だった。といっても私が車を運転してどこかに連れて行くわけではない。得意先の自動車メーカーで重要な商談があり、先方の会社から新製品の試乗がてら社長を迎えにきてくれる手筈になっている。私の仕事は社長室からビル一階の車寄せまで社長を連れて行き、車に乗るのを見届けるだけ。なんというつまらない仕事だろう。しかしそれでもただデスクに座って退勤時間を待つよりはマシだった。
秘書が残したメモには送迎時刻のほか社長室から車寄せまでのルート、歩くべき廊下や押すべきエレベーターのボタンまで嫌みなほど詳細に書かれており、信頼のなさが伝わってくる。先方の車は目新しくも洗練されたデザインで、まだ一般には多く出回っておらず、遠くからでも一目でわかるという。エコやらSDGsやらにも配慮された、それはそれは立派な車とのことだった。
送迎当日、時間どおりに社長を連れて廊下を歩き、メモに従ってエレベーターのボタンを押す。二人きりになると社長は「わざわざすまないね」と私に話しかけ、開ボタンを押すと「ありがとう」と言った。
ところが約束の時刻に車寄せに着いたのにタクシー数台の他それらしき車が見当たらない。ナンバーを聞いておくべきだっただろうか? 遅れているだけかも知れないが、念のため連絡をとった方がよさそうだ。そう考えてポケットの携帯をまさぐっていると、スロープの向こうから何かがやってくるのが見えた。巨大な影が猛スピードでガタガタ音を立てて現れ、目の前で急停止した。
それは傷だらけの二頭の馬に引かれていた。ホイールに髑髏があしらわれた車輪からゴムの焼けるにおいがして、鋼鉄の車体に先方の会社名と読める形で傷がついている。棘つきの肩パッドで武装したモヒカンの男たちが窓から身を乗り出し、荷台はスーツ姿の男女で満杯だった。なぜか全員鉄仮面をかぶり手足を鎖で繫がれている。床には蠍が放たれている。
私は言葉を失ったが、時刻も場所もここで間違いない。たしかに先方の社名だ。車両の屋根にアンジェリーナ・ジョリーと石炭を足して二で割ったような女が立っていて、彼女が音頭をとると突然全員が歌い出した。メロディは日本の軍歌に近く、怒号のような歌唱から歌詞はほとんど聞き取れないが、一部「力の時代」「血と骨と鋼の掟」「地下組織の新しい王」「ガソリンを撒け」「水を奪え」などと言っているのがわかる。社歌なのかも知れない。歌が終わり、男たちが雄叫びとともに釘バットや改造ヌンチャクを突き上げると、ドアを蹴破って出てきたジョリーが社長の頭を摑んで荷台に放り投げた。モヒカンの大男(側頭部にボルトが突き刺さっている)がピューと口笛で合図を送り、別のモヒカン(サングラスと皮膚が完全に同化している)が馬に鞭を入れる。二頭はウィリーみたいに前足をあげて嘶き、ジョリーの絶叫とともに次の歌が始まると車両は砂煙をあげて高速で走り去った。
「行ってらっしゃいませ」頭を下げつつ、あまりのことに茫然とした。力強い社風と聞いてはいたが、いくら何でもワイルド過ぎないだろうか。馬で引くのは確かにエコだし「ガソリンを撒け」から「ガソリンなどいらない」という化石燃料への配慮も感じられる。やはりSDGsなのだろう。思わず感心していると、スロープから宇宙船のようにスタイリッシュな謎の車がゆっくり入ってくるのが見えた。
吉田棒一(よしだ・ぼういち)
新潟県生まれ。『第1回NIIKEI文学賞』ライトノベル部門大賞、エッセイ部門佳作。『ドレスコーズマガジン』にて『愛系の人類』を連載中。