◎編集者コラム◎ 『十津川警部捜査行 宮古行「快速リアス」殺人事件』西村京太郎
◎編集者コラム◎
『十津川警部捜査行 宮古行「快速リアス」殺人事件』西村京太郎

西村京太郎さんの文庫最新刊はローカル線にまつわる4つのミステリー短編集。表題作の岩手にはじまり、鹿児島、北海道、神奈川と北から南までを十津川警部が奔走します。
表題作は岩手県を横断する山田線が舞台です。掲示板で「闇バイト」ともいえる仕事を見つけた男が、その任務のために向かったのが盛岡。そこから三陸海岸方面に向かう「快速リアス」に乗車するのですが、目的地の宮古駅に着こうかという時に死体となって発見され……別事件から真実に向かう展開はさすがの西村作品。カバーにはローカル色溢れる「快速リアス」と穏やかな浄土ヶ浜を合わせました。
続く「小さな駅の大きな事件」の冒頭をまずはご紹介しましょう。
二両連結の赤い気動車が、その駅に停車した。
畑の真ん中に、ぽつんと、小さなホームがある。ホームは短く、駅員の姿もない。
中年男の乗客が、ひとりだけ降り、列車は、ごとごとと、走り去ってしまった。
五月中旬だが、降り注ぐ太陽は、真夏のそれのように、ぎらついていた。
映画のオープニングのようなシーンで描かれているのは、指宿枕崎線の西大山駅。無人駅といえども、日本最南端の駅として有名なのだそうです。この後起こる射殺事件の被害者は警視庁のベテラン刑事ですが、休暇中にもかかわらず、彼はなぜこの小さな駅に向かったのか。緊張感満載の冒頭から物語世界に飲み込まれます。
「殺意の『函館本線』」は、函館本線の七飯駅-大沼駅間の独特のルートと時刻表が事件解明への肝となります。まだ乗り換えアプリなどのなかった時代、紙の時刻表を見ながらの十津川警部たちの推理はまさに西村作品の真骨頂ではないでしょうか。
最後の「殺意を運ぶあじさい電車」の「あじさい電車」とは小田原から早雲山までを結ぶ箱根登山電車のこと。シーズンには沿線にあじさいの花が咲き誇り、各地点での標高とともに見ごろも変わるのだそうです。作中に登場するのは、勤務先の強羅のホテルに通うために登山鉄道を利用する二十代男性。彼女ありのいわゆる「リア充」ですが、ある日、車内で見知らぬ男性から奇妙な依頼を受けて……この後の思わぬ展開はぜひ本書でお楽しみください。
ミステリーとしての面白さを味わえるのはもちろん、日本国内のまだ見知らぬ土地を訪れてみたい、という気持ちにもさせてくれる短編集です。ゴールデンウィークはミステリー&電車の旅はいかがでしょうか。
──『十津川警部捜査行 宮古行「快速リアス」殺人事件』担当者より