▽▷△超短編!大どんでん返しExcellent▼▶︎▲ 三津田信三「四屍の如き断つもの」

超短編!大どんでん返しExcellent 第7話

「この獅子神ししがみ堂に於いて、猪苅ししかり家の壽代としよ刀自が一週間前、四肢を斧で切断されて殺されました。同家の当主である――壽代刀自の長男ですね――壽男としお氏の内縁の妻に当たるのぶさんが血の海の中で倒れており、獅子神様の像も血塗れだった。発見者は御堂を管理している、拝み屋の和羅かずらさんでした」

 怪奇幻想作家にして素人探偵でもある――本人は否定するだろうが――刀城言耶とうじょうげんやは、そう述べながら御堂の板間に集まった猪苅家の面々と、警察及び村の関係者たち全員を見渡した。

「よって志のぶさんが疑われましたが、彼女は独り息子の志郎しろう君を亡くしたあと、すっかり精神に異常を来していた。そのため警察の依頼で彼女の精神鑑定が行なわれ、とても犯行は無理だという診断が、ちゃんと出ています」

「そんなわけあるか。志のぶがやったんに決まっとる」

 壽男の怒声に、猪苅家の少なくない者たちが賛同した。しかし言耶の次の指摘で、誰もがばつの悪そうな顔になった。

「志郎くんは事故死でしたが、その裏には壽代刀自を首謀者とした、猪苅家の皆さんによる陰湿な苛めがあった。よって志のぶさんは、立派な動機を持っていた。そう言えるからでしょうか」

 苛めの原因は、引退した元当主――壽代の夫である嘉男よしお――が、志のぶと志郎を猫可愛がりして贔屓したことにある。このままでは二人に有利な遺言でも作られ兼ねないと、一族の誰もが危惧した結果、志郎は命を落とす羽目になった。

「しかしながら志のぶさんは、心が病んで壊れてしまった。にも拘らず今度は、人殺しの濡れ衣まで着せられようとしている。繰り返しますが彼女には、この犯行は絶対に不可能なんです」

「精神鑑定か何か知らんけど、こいつの他に犯人がおるわけない」

 壽男が憎々しげに見詰める先には、へらへらと嗤うばかりの志のぶが、惚けた様子で和羅に寄り掛かるように座っている。ちなみに和羅の拝み屋の能力は、村の誰もが太鼓判を押すほど凄まじいという。

「志のぶさんと志郎君がいる間、皆さんは一枚岩だったかもしれません。でも、お二人を排除したあとは……」

 猪苅家には壽男が離縁した三人の妻と、それぞれの間に儲けた息子が一人ずついて、全員が一緒に暮らしている。ただでさえ険悪になり勝ちな人間関係の中に、志のぶと志郎が加わったことで、悲劇と惨劇が起きたに違いない。

「猪苅家で今後、どういう位置を自分が占めるのか。その鍵を握るのが、引退したとはいえ嘉男氏であり、また壽代刀自だったわけです。特に刀自は好き嫌いが激しく、しかも頻繁にその好悪が変わる困った方でした。そのため刀自に恨み辛みを持つ人が、家族の中にも――」

 そのとき拝み屋の和羅が、ぽつりと恐ろしい台詞を口にした。

「あんな死に方は、そら四屍神ししがみさまの障りやろ」

 暗闇峠にある獅子神堂の奥には、普通なら吽像の狛犬と対になる阿像の獅子だけが祀られている。元は「四屍神堂」と呼ばれ、バラバラの四肢を繋ぎ合わせた異形の神像が安置されていたが、昭和初期に獅子の像と入れ替わったらしい。

 明治の末、村から出ようとした四人家族の全員が、この峠で四肢を切断されて殺される猟奇的な事件があった。犯人も動機も不明のまま迷宮入りしたが、やがて怪異が起こりはじめる。母親の首に息子の胴体、娘の両手に父親の両足を持った化物が、峠を通る村人を襲い出したという。

 そこで御堂を建てて親子の供養をしたところ、ようやく怪異は収まった。ただし陰で「四屍神様」と呼んで、この御堂を信仰する者が後を絶たなくなる。それほどまでに呪力が絶大と見做されたせいである。

「そ、そうや。和羅婆さんの言う通りや」

 壽男が興奮しながら捲し立てた。

「猪苅家の一族は、確かにいがみ合うとる。母を殺したい奴も、そら何人かおったかもしれん。せやけどな、四肢を斧でぶった切るほど憎んどったんは、どう考えても志のぶしかおらん。けど、こいつに犯行が無理や言うんやったら、あとは四屍神様の仕業いうことになる。ほんまにそうやないのか」

「……一理ありますね」

 この言耶の相槌に、警察関係者が慌てた。村人たちも不審な眼差しを彼に向けている。だが当人は一向に気づいた様子もなく、

「志のぶさん以外に、バラバラ殺人を行なうほどの動機を持った人物はいない。でも彼女には、この犯行は絶対に不可能だった」

 と言いながら御堂の奥に祀られた獅子像に目をやって、

「どうして獅子像は、あんなに血塗れだったのか……」

 そう呟きつつ急に黙り込んだあと、突然「あっ」と声を上げたかと思うと、

「志郎君が亡くなったあとの、志のぶさんの心神喪失は演技だった。だから彼女に壽代刀自殺しは可能だった。被害者の四肢を切断したのも、獅子神像を血塗れにしたのも、四屍神様の障りを受けるためだった。そうして犯行後に、本当に心神喪失の状態にしてもらった。殺人罪に問われないようにです。あとは熱りが冷めた頃に、和羅さんに祓ってもらい正気に返る計画だった」

 物凄い物音と共に獅子神像が壊れ、はっと志のぶが正気づくのと入れ替わりに、へらへらと和羅が嗤い出した。二人にとって予期せぬ大どんでん返しだったに違いない。

  


三津田信三(みつだ・しんぞう)
2001年『ホラー作家の棲む家』でデビュー。ホラーとミステリを融合させた独特の作風で人気を得る。10年『水魑の如き沈むもの』で第10回本格ミステリ大賞を受賞。著書に『厭魅の如き憑くもの』にはじまる「刀城言耶」シリーズ、『十三の呪』にはじまる「死相学探偵」シリーズ、『禍家』『凶宅』『魔邸』からなる「家」シリーズ、『どこの家にも怖いものはいる』にはじまる「幽霊屋敷」シリーズ、『黒面の狐』にはじまる「物理波矢多」シリーズ、『のぞきめ』『みみそぎ』『怪談のテープ起こし』『逢魔宿り』『歩く亡者』など多数。

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