▽▷△超短編!大どんでん返しExcellent▼▶︎▲ 三津田信三「四屍の如き断つもの」
「この獅子神堂に於いて、猪苅家の壽代刀自が一週間前、四肢を斧で切断されて殺されました。同家の当主である――壽代刀自の長男ですね――壽男氏の内縁の妻に当たる志のぶさんが血の海の中で倒れており、獅子神様の像も血塗れだった。発見者は御堂を管理している、拝み屋の和羅さんでした」
怪奇幻想作家にして素人探偵でもある――本人は否定するだろうが――刀城言耶は、そう述べながら御堂の板間に集まった猪苅家の面々と、警察及び村の関係者たち全員を見渡した。
「よって志のぶさんが疑われましたが、彼女は独り息子の志郎君を亡くしたあと、すっかり精神に異常を来していた。そのため警察の依頼で彼女の精神鑑定が行なわれ、とても犯行は無理だという診断が、ちゃんと出ています」
「そんなわけあるか。志のぶがやったんに決まっとる」
壽男の怒声に、猪苅家の少なくない者たちが賛同した。しかし言耶の次の指摘で、誰もがばつの悪そうな顔になった。
「志郎くんは事故死でしたが、その裏には壽代刀自を首謀者とした、猪苅家の皆さんによる陰湿な苛めがあった。よって志のぶさんは、立派な動機を持っていた。そう言えるからでしょうか」
苛めの原因は、引退した元当主――壽代の夫である嘉男――が、志のぶと志郎を猫可愛がりして贔屓したことにある。このままでは二人に有利な遺言でも作られ兼ねないと、一族の誰もが危惧した結果、志郎は命を落とす羽目になった。
「しかしながら志のぶさんは、心が病んで壊れてしまった。にも拘らず今度は、人殺しの濡れ衣まで着せられようとしている。繰り返しますが彼女には、この犯行は絶対に不可能なんです」
「精神鑑定か何か知らんけど、こいつの他に犯人がおるわけない」
壽男が憎々しげに見詰める先には、へらへらと嗤うばかりの志のぶが、惚けた様子で和羅に寄り掛かるように座っている。ちなみに和羅の拝み屋の能力は、村の誰もが太鼓判を押すほど凄まじいという。
「志のぶさんと志郎君がいる間、皆さんは一枚岩だったかもしれません。でも、お二人を排除したあとは……」
猪苅家には壽男が離縁した三人の妻と、それぞれの間に儲けた息子が一人ずついて、全員が一緒に暮らしている。ただでさえ険悪になり勝ちな人間関係の中に、志のぶと志郎が加わったことで、悲劇と惨劇が起きたに違いない。
「猪苅家で今後、どういう位置を自分が占めるのか。その鍵を握るのが、引退したとはいえ嘉男氏であり、また壽代刀自だったわけです。特に刀自は好き嫌いが激しく、しかも頻繁にその好悪が変わる困った方でした。そのため刀自に恨み辛みを持つ人が、家族の中にも――」
そのとき拝み屋の和羅が、ぽつりと恐ろしい台詞を口にした。
「あんな死に方は、そら四屍神様の障りやろ」
暗闇峠にある獅子神堂の奥には、普通なら吽像の狛犬と対になる阿像の獅子だけが祀られている。元は「四屍神堂」と呼ばれ、バラバラの四肢を繋ぎ合わせた異形の神像が安置されていたが、昭和初期に獅子の像と入れ替わったらしい。
明治の末、村から出ようとした四人家族の全員が、この峠で四肢を切断されて殺される猟奇的な事件があった。犯人も動機も不明のまま迷宮入りしたが、やがて怪異が起こりはじめる。母親の首に息子の胴体、娘の両手に父親の両足を持った化物が、峠を通る村人を襲い出したという。
そこで御堂を建てて親子の供養をしたところ、ようやく怪異は収まった。ただし陰で「四屍神様」と呼んで、この御堂を信仰する者が後を絶たなくなる。それほどまでに呪力が絶大と見做されたせいである。
「そ、そうや。和羅婆さんの言う通りや」
壽男が興奮しながら捲し立てた。
「猪苅家の一族は、確かに啀み合うとる。母を殺したい奴も、そら何人かおったかもしれん。せやけどな、四肢を斧でぶった切るほど憎んどったんは、どう考えても志のぶしかおらん。けど、こいつに犯行が無理や言うんやったら、あとは四屍神様の仕業いうことになる。ほんまにそうやないのか」
「……一理ありますね」
この言耶の相槌に、警察関係者が慌てた。村人たちも不審な眼差しを彼に向けている。だが当人は一向に気づいた様子もなく、
「志のぶさん以外に、バラバラ殺人を行なうほどの動機を持った人物はいない。でも彼女には、この犯行は絶対に不可能だった」
と言いながら御堂の奥に祀られた獅子像に目をやって、
「どうして獅子像は、あんなに血塗れだったのか……」
そう呟きつつ急に黙り込んだあと、突然「あっ」と声を上げたかと思うと、
「志郎君が亡くなったあとの、志のぶさんの心神喪失は演技だった。だから彼女に壽代刀自殺しは可能だった。被害者の四肢を切断したのも、獅子神像を血塗れにしたのも、四屍神様の障りを受けるためだった。そうして犯行後に、本当に心神喪失の状態にしてもらった。殺人罪に問われないようにです。あとは熱りが冷めた頃に、和羅さんに祓ってもらい正気に返る計画だった」
物凄い物音と共に獅子神像が壊れ、はっと志のぶが正気づくのと入れ替わりに、へらへらと和羅が嗤い出した。二人にとって予期せぬ大どんでん返しだったに違いない。
三津田信三(みつだ・しんぞう)
2001年『ホラー作家の棲む家』でデビュー。ホラーとミステリを融合させた独特の作風で人気を得る。10年『水魑の如き沈むもの』で第10回本格ミステリ大賞を受賞。著書に『厭魅の如き憑くもの』にはじまる「刀城言耶」シリーズ、『十三の呪』にはじまる「死相学探偵」シリーズ、『禍家』『凶宅』『魔邸』からなる「家」シリーズ、『どこの家にも怖いものはいる』にはじまる「幽霊屋敷」シリーズ、『黒面の狐』にはじまる「物理波矢多」シリーズ、『のぞきめ』『みみそぎ』『怪談のテープ起こし』『逢魔宿り』『歩く亡者』など多数。