採れたて本!【海外ミステリ#17】

採れたて本!【海外ミステリ#17】

「東京創元社創立70周年記念企画」として、同社は「ベスト1ミステリ・セレクション」なる企画を打ち出している。各種ランキングで一位となった翻訳ミステリの名作を、装いも新たにお届けする、という趣旨のもので、二〇二四年一月にはジェレミー・ドロンフィールド『飛蝗ばったの農場【新装版】』が刊行された。今回紹介するジル・マゴーン『騙し絵の檻【新装版】』(創元推理文庫)は、同年三月に刊行されたもので、『2011本格ミステリ・ベスト10』内の企画「〝ゼロ年代〟海外本格ミステリ・ランキング」において第一位を獲得した作品である(なお、「ベスト1ミステリ・セレクション」は、五月にミネット・ウォルターズ『女彫刻家【新装版】』を刊行する。こちらもウェルメイドなサスペンスの良作)。

『騙し絵の檻』では、無実の主張をしたにもかかわらず、二人を殺めた残忍な犯罪者として捕まり、十六年の歳月を獄中で過ごした男、ビル・ホルトが主人公となる。仮釈放された彼は、推理の鬼と化し、自らを罠に嵌めた真犯人を探し出し、殺そうとしていた。十六年前、一体何が起こったのか? ビルの存在は、現在を平穏に暮らしていた過去の友人たちにいかなる波紋を巻き起こすのか?

 同書は本格ミステリとしての評価が当時から高く(邦訳版刊行当初の『2002本格ミステリ・ベスト10』でも、アントニイ・バークリー『ジャンピング・ジェニイ』に次いで第二位を獲得している)、筆者も高校生の頃に一度読んだ(二〇一〇年)。しかし、その時は、なぜこれほどまでに本格推理の識者たちが絶賛するのか分からなかった。どうにも薄味に感じられ、凄みが理解出来なかった。ただ、文章のリズムなどは好みで、面白かったので、ジル・マゴーンの他の作品も読んだ。凄さが分かったのは、初読から数年経って、再度『騙し絵の檻』に立ち返った時だ。ここでは、推理小説のありがちなパターンを転倒させる試みが、ごく自然体に行われ、達成されているのである。異形の論理や凝ったパズルを弄することなく、現代的なドラマの中で。凄さが分かった、と言ったのは初読から再読までの間、『騙し絵の檻』と似た真相の作品に出会うことがなかったからだ。邦訳から二十年以上経っても、作例は案外少ない(昨年、国内ミステリでようやく作例が出た)。ネタバレ出来ないため、奥歯にものが挟まったような言い方になってしまうが、源流を辿ればクリスティになるだろう。ただ、クリスティの場合は、遊び心が先立ち、犯人の視点からみてこれほど自然に、転倒が起こることはなかった。今読んでも十分面白い良作と言える。

 ジル・マゴーンの既訳作品はどれも面白く、決め手のスマートな切れ味が光る佳品『パーフェクト・マッチ』や、クリスティに真っ向から挑みつつ、ごちゃついた味わいも魅力な『牧師館の死』、既訳作の中で最もヘヴィーな話だが、読み応えがある『踊り子の死』とどれも読み逃せない。もう一作、別名義、エリザベス・チャップリン『幸運の逆転』はブラックユーモアが横溢する愉快な作品だ。『騙し絵の檻』の復刻を機に、あともう一冊、二冊ぐらい読んでみたい気持ちになったので、新たな邦訳作が出てくれないものか。

騙し絵の檻

『騙し絵の檻【新装版】
ジル・マゴーン 訳/中村有希
創元推理文庫

評者=阿津川辰海 

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