〈第18回〉加藤実秋「警視庁レッドリスト」
一方、みひろはとんでもないメールを発見する。
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同日同時刻。慎は都内の警視庁の寮にいた。一時間ほど前に伊丹の自宅前から帰寮し、シャワーを浴びて着替えをした。
居間のソファから立ち上がり、慎はベランダに通じる掃き出し窓の前に立った。カーテンを少し開け、外の様子を窺う。
雨の中、通りを人と車が行き交っている。とくに変わった様子はない。しかし監察係の誰かがこの部屋を窺い、動きがあれば対応できるように待機しているはずだ。
カーテンを閉め、慎はソファに戻った。向かいのローテーブルにはスマホとノートパソコンが載っているが、どちらも電源は切っている。通話やメール、パソコンのネットアクセスも監視されている可能性が高い。
だが、俺にはこの頭脳がある。慎は思い、前髪を搔き上げてメガネのブリッジを押し上げた。
まずは手持ちの情報と切り札を整理し、できることを考えよう。そう決めて意識を集中した時、居間にチャイムの音が響いた。壁の端末に目を向けると、一階のエントランスの様子を映す液晶モニターに人影が映っている。
立ち上がってパネルの前に行き、慎はインターフォンの応答ボタンを押した。
「はい」
「すみません。管理人です」
インターフォンのスピーカーから、男の声が流れた。液晶モニターには、ベージュの作業服姿の中年男が映っている。確かにこの寮の管理人だ。
応答ボタンを押したまま、慎は問うた。
「どうしました?」
「管理人室に、阿久津さんを呼んで欲しいって電話がかかって来てるんです。本人に電話してくれって言ったんですけど、通じないからって」
「誰からの電話ですか?」
「訊いても答えないんですよ。緊急だそうですけど、どうしましょうか」
困惑した様子で、管理人の男は白髪交じりの眉を寄せた。一瞬考えてから、慎は返した。
「すぐに行きます」
カギと財布、スマホを持ち、部屋を出た。廊下を進み、エレベーターで一階に降りる。エレベーターのドアが開くと、エントランスに管理人の男がいた。
「こっちです」
男は言い、傍らのドアを開けて慎を管理人室に招き入れた。
スチール製の棚と脚立、工具などが並ぶ狭い部屋だった。エントランスを見渡せる位置に窓があり、その前に置かれた机にビジネスフォンが載っていた。
「どうぞ」
管理人の男に促され、慎はビジネスフォンの受話器を取った。
「阿久津です」
「ご無沙汰してます。中森です」
電話の相手はそう告げた。間違いなく、中森翼本人だ。
激しく動揺しながら、慎は周囲を窺った。管理人の男は脚立を抱え、部屋を出て行く。エントランスのドア越しに見える外の通りは、さっきと変わらず雨の中、人と車が行き来している。
慎は受話器を握り直し、顔を上げて応えた。
「どうして」
電話の向こうで呼吸する気配があり、中森が話し始めた。
(つづく)