あの作家の好きな漫画 第1回 伊坂幸太郎さん

「あの作家の好きな漫画」

面白い小説を書き続ける作家が読んでいる漫画、知りたくないですか?
どんな漫画を読んで育ってきて、今のおすすめは何か。作家が縦横に漫画を紹介する企画をスタートします。
第一回は、過去に「週刊モーニング」で小説『モダンタイムズ』を連載、漫画『魔王 JUVENILE REMIX』『Waltz』(大須賀めぐみ)に関わるなど、漫画と縁のある仕事が多い伊坂幸太郎さんです。


 お気に入りの漫画を挙げていくとかなりの数になってしまいそうな上に、「あの作品が抜けていた」と絶対に後になって反省することになりそうなので、今回は(別に次回はないけれど)、ぱっと頭に浮かんだ漫画について書く。

 一つ目は、『図書室のタヌキ』(かじやまなおみ)。

図書室のタヌキ

『図書室のタヌキ』
かじやまなおみ

 いつどこで買ったのか、まったく覚えていない。十代のころ、高校生だったのではないか。実家近くの書店かもしくはKIOSKのような場所か、とにかくそれは普段、僕がまったく読まない少女漫画に分類されるものだったから、どうして買ったのかも分からない。大家族で六人兄弟の六男、六平を主役にした青春ストーリー(と言っていいのかな)が三篇収録されており、「いつも図書室で一人で本を読み、女子の憧れの的である」五男や、甲子園を目指す四朗といった兄弟との関係、〝理事長のボンボン〟である我儘同級生との交流が描かれていて、派手さや新鮮さはないものの妙に琴線に触れ、何度も何度も読み返した記憶がある。仙台で一人暮らしをはじめる際に持ってきた、「大事な漫画」精鋭部隊にも入っていた。つい最近、ふと思い出し、ネット検索をしてみたのだけれどほとんど情報がなく、中古で入手して久しぶりに読んでみたら、(多少の古さはあるものの)やはり僕好みで、終盤で同級生の父親が、「(息子は)ここ一週間足らずですが食卓を私たちと共にかこみ、笑い声さえたてていました」と主人公に感謝する場面では、昔と同じく感動したし、くすっと笑えるようなナレーションで終わるところも僕好みで、嬉しくなった。

 残り二冊はおすすめ漫画を。まずは、『BLUE GIANT』(石塚真一)。

BLUE GIANT

BLUE GIANT
石塚真一

 すでに大人気漫画だろうから、「わざわざ?」と馬鹿にされそうで怖いけれど、読んでいない人がいるならばもったいないな、と思ったので。ジャズのサックスプレイヤーの大くんが成長し、仲間に出会ったり別れたりしながら成功するという話だから、「ああ、あなたはジャズが好きだからね」だとか「音楽が好きな人には面白いんでしょ?」と思われるかもしれないが、実際のところ、そんなことは関係ない。確かに、ジャズは好きだけれど、漫画から音楽が流れてくるわけではないし、僕は今まで、漫画や小説を読んで「料理が食べたくなった」「音楽を聴いているようだった」という経験をしたことがない(想像力が豊かではないのだろう)。だから、『BLUE GIANT』が素晴らしいのは、音楽やジャズとはあまり関係がない(僕にとっては)。サックスとジャズにかける思いと「練習」を武器に、道を切り開き、人と出会っていく主人公の姿と、それによりさまざまな人間に変化が出てくる、そのドラマが感動的なのだ。毎回、新刊を読むたびに感動し、ぐっと拳を強く握りたくなる。最初の十巻が終わり、海外編が始まった時には、「さすがに海外に行ったら、つまらなくなるかなあ」などと勝手なことを思っていたのだけれど、まったくそんなことはなく、海外編はさらに面白くなっているのだから驚くほかない。序盤の舞台が(僕が住んでいる)仙台市であるため、「若い人はこんなに方言使わないけれどな」と重箱の隅的にそこがひっかかるだけで(すみません!)、老若男女、世界中の誰もかれもが読めばいいのに、と価値観の押しつけは良くないと分かっているにもかかわらず、思わずにはいられない。仕事柄、すごいフィクションに出あうと、悔しさを覚えることが多く、「負けたくないな」「これと競り合えるような小説を書きたい」と自分を鼓舞することが多いのだけれど、『BLUE GIANT』に関しては、張り合う(?)のはとっくに諦めて、白旗をはじめから振りながら読んでいるようなものなのでそういう意味でも純粋に楽しむことができる。

『ニャイト・オブ・ザ・リビングキャット』(原作ホークマン 作画メカルーツ)。

ニャイト・オブ・ザ・リビングキャット

ニャイト・オブ・ザ・リビングキャット
原作 ホークマン
作画 メカルーツ

 ここ数年(もっと前から?)いわゆる「ゾンビ物」が映画や小説、漫画などさまざまな娯楽で増えているように感じていて、もちろん面白いし、「おおよそのパターンが分かるため楽しみやすい」のだけれど、どこか「またか」という気持ちになってしまう自分もいる。この漫画を読んでみようと思ったのは、タイトルのダジャレセンスが好きだったからで、実際、読んでみたら、「襲われたら猫になる」という設定を、ギャグ漫画としてではなく、シリアスに描きつつ、猫を恐ろしいものではなく、あくまでも「可愛いもの」として(徹底的に)扱っているところが可笑しくて、新鮮な味わいだった。

 子供のころから漫画はいつも一番身近にある娯楽で、五十歳になった今も、「面白い漫画はないものかな」と探している。子供のころは友達と、連載中の漫画の話で盛り上がることで幸せな時間を過ごせたし、デビューの時の担当編集者とは、手塚治虫の『七色いんこ』の最後が素晴らしい、と語り合えたことでよりいっそう信頼関係を築けたような気がするし、ほんと漫画には感謝しかない。誰にお礼を言えばいいのか分からないけれど、ありがとうございます、と言いたい。

  


伊坂幸太郎(いさか・こうたろう)
1971年千葉県生まれ。2000年『オーデュボンの祈り』で、新潮ミステリー倶楽部賞を受賞し、デビュー。2004年『アヒルと鴨のコインロッカー』で吉川英治文学新人賞受賞。2008年『ゴールデンスランバー』で本屋大賞と山本周五郎賞を受賞。2020年『逆ソクラテス』で柴田錬三郎賞を受賞。

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