『人面島』刊行記念対談 ◆ 谷原章介 × 中山七里

『人面島』刊行記念対談 ◆ 谷原章介 × 中山七里

ミステリーが炙りだす善と悪

 傷が人の顔のようになり、意思を持って喋りだす――それが人面瘡である。妖怪や怪異の一種だが、本作では「ジンさん」と名付けられ宿主・三津木六兵と共に金田一耕助よろしく殺人事件の謎に挑む。数ある中山作品の中でも異色のシリーズだ。
 文庫化で話題の『人面瘡探偵』に続く『人面島』発売を記念して、中山七里ファンを公言する俳優の谷原章介さんと、その魅力について語り合う。


中山七里
 ごぶさたしています。お目にかかるのは五年ぶりぐらい? 「WP」(「早稲田文学」のフリーペーパー)の対談以来でしょうか。

谷原章介
 そうなりますか。あ、その後に「王様のブランチ」でお会いしています。

中山
 そうでした、そうでした。コロナ禍で、テレビの現場は大変なのではないですか?

谷原
 今回、オミクロン株が流行して、デルタの時よりも、現場の撮影が止まっているような気がしますね。

中山
 それに比べると、物書きというのはナチュラルボーン・リモートワークですから。この二年間で、コロナに感染した同業者、私は一人しか知りません。
 でも、こないだ新人賞の選評で、これだけコロナが日常になったんだから、そういう設定にしないとエンターテインメントとしておかしい、と書いてあるのを読んだんです。単なる舞台設定にすると軽くなってしまうし、メインテーマにするのも難しい。己の創作態度やテクニックを問われる怖い状況だなって思いました。

谷原
 時代を反映するという意味では、たしかにこのコロナ禍での日常というのは、描かれてもいいかもしれないですね。
 ぼくが仕事を始めたころは携帯電話がまだなかったんです。途中から携帯が出てきて、待ち合わせは簡単にできてしまうし、連絡もすぐついちゃう。携帯が出てきた影響で、ストーリーも大きく変わりました。

中山
 携帯電話はぼくら作家も頭が痛いんですよ。スマートフォンとグーグルがある状況では、本当にサスペンスがつくりにくい。

谷原
 お察しします。『人面瘡探偵』の続篇『人面島』でも、いかに携帯が使えなくなるかに、工夫を凝らしておられますよね。

中山
 携帯電話の電波が届かない状況を設定しないと、横溝正史的な世界にならないので苦労しました。

タイトルだけで読者をつかむ小説

──谷原さんご自身、金田一シリーズのドラマにも出演経験がおありです。元祖横溝作品と比べていかがでしたか。

谷原
 ぼくが比べるなんておこがましいですが、一作目も二作目も、七里さんが生き生きと、ご自身がお好きなことをやっておられるな、と思いながら拝読しました。こういう世界観の作品がもともとお好きなんですよね。

谷原章介さん

中山
 嫌いじゃない……、というかまあ、大好きです。
 もともとのオファーは、「とにかく面白いものを書いてくれ」とだけ言われたんですよ。そのとき思い出したのが、かつて「漫画アクション」の編集長が言った、「いろんな漫画を連載したけど、一本だけ、タイトルだけ見て連載を決めた作品がある」という話です。タイトルだけで、登場人物のキャラクターからストーリーまで全部わかる。それが『ルパン三世』なんです。

谷原
 ああ。なるほど。

中山
 その話が頭にあったので、タイトルだけで企画が通る話ってなんだろうと考えて、「そうだ、『人面瘡探偵』はどうだろう」。題名が浮かんだ三十分後にはストーリーも全部できあがって、すぐ編集者に電話して、「『人面瘡探偵』って、どうです?」。その場で連載が決まりました。

──探偵役にあたるのが相続鑑定士の三津木六兵。六兵の右肩には人面瘡の「ジンさん」が寄生していて、頭脳明晰で毒舌のジンさんと、お人好しで世間知らずの六兵が、漫才コンビ顔負けのテンポのよい会話をかわしながら殺人事件の謎に迫ります。

谷原
 人面瘡が事件の謎を解くなんて着想の原点はどこにあったんですか?

中山
 それはやっぱり、令和の時代に横溝正史的世界を書こう、ということです。

人面瘡探偵

『人面瘡探偵』小学館文庫
相続鑑定士・三津木六兵の肩には「ジンさん」と呼ぶ人面瘡がいる。ある日、六兵は山林王・本城家の財産分割協議に向かうことに。しかし長男・武一郎夫婦が焼死、次男・孝次は水車小屋で不可解な死を遂げ……。ジンさんは言う。「俺の趣味にぴったりだ。好きなんだよ、こういう横溝的展開」。毒舌人面瘡×ポンコツ鑑定士のコンビが追う、骨肉の遺産争いに隠された真相とは!?
 

 
谷原
 それまでに、編集の方と「横溝的なものを令和にやりたいね」という話があったとか。

中山
 まったくなかったです。人面瘡を登場させたら一気におどろおどろしくなるので、令和の横溝正史になるな、って。タイトルから、みなさんだいたいこういう期待をしてくれるだろうなという予想はつきますよね。家父長制度や男尊女卑がいまだに根強く残っている、余所者に排他的な地域をフィーチャーすれば、横溝的世界が書けるだろうと考えました。

予想を超えたどんでん返し

谷原
 ぼくの最初の印象では、人面瘡というと、もちろん横溝作品的ですけど、どうしても妖怪や魑魅魍魎のたぐい、京極夏彦作品や、江戸川乱歩の怪人二十面相を連想するんです。ところが、第一作の『人面瘡探偵』を読ませていただいたとき、最後の最後、オーラスの大どんでん返しで七里さんの世界観がバシっと決まって、そうかそうか、これはあやかしの世界ではないんだ、と。これから読む人のためにここで詳しくは言えませんが、三津木六兵という主人公の人物造形の奥深さに気づいて、すごく怖かったです。

中山
 最後のページまで、延々と主人公の目線で話が続くんですけども、最後の最後の一ページで他人の目が入ると話が逆転する。こういう形のどんでん返しもいいだろうと思ったんですよ。

谷原
「どんでん返しの帝王」と言われる七里さんだから、事件の謎解きのどんでん返しかと思いきや、謎解き後のどんでん返しが来た。

中山
 そこは犯人探し以上に力を入れたところです(笑)。

中山七里さん

谷原
 相続鑑定士というのも架空の仕事なのかと思って調べたら、実際にある資格なんですね。

中山
 そうなんです。この仕事であれば、遺産相続のときにどこにでももぐりこめますから。でないと、一般市民が殺人事件に首を突っ込む理由がないんです。金田一さんみたいな探偵役を持ってくる手がないわけじゃないですけど、いまの時代だと現実味がなくなってしまいますから。

──二作目の『人面島』では、遺産相続鑑定の依頼を受け六兵が出向いた長崎県の、隠れキリシタンの島である仁銘島の旧家で連続殺人が起こります。谷原さんはどこに注目されましたか?

谷原
 六兵と、ジンさんの関係性が興味深かったですね。ジンさんから「ヒョーロク」と呼ばれる六兵は、善意の塊。ジンさんはそんな六兵を叱咤しつつ見守り、テキパキと指示する。実にバランスよく、ともに歩んでいく存在なのかと思っていたら、『人面瘡探偵』で血で血を洗う殺人事件が起きたとき、ジンさんが「俺の趣味にぴったりだ。好きなんだよ、こういう横溝的展開」と言うじゃないですか。あれにはゾクっとしました。ジンさんは、ただ口が悪いだけで、六兵と同じ善の側の人かと思いきや、こんな悪意を抱えているんだなって。
 あのせりふを読んだとき、六兵の過去がふわっと香る気がしたんです。ああ、この人は抑圧された過去を背負っているのかもしれないと、より一層、ストーリーに引き込まれました。もし六兵のキャラクターが、ジンさんの部分も含めて完成するとすれば、本質の部分では深い陰がある人なんだな、と思いました。

人面島

『人面島』小学館
新たに六兵が派遣されたのは長崎にある島、通称「人面島」。死亡した村長の遺産鑑定を行う。島には今も隠れキリシタンが住み、その財産が眠る伝説があるらしい。島を二分する勢力争いのなか、相続人の一人が密室で殺された。「家族間の争いは醜ければ醜いほど、派手なら派手なほど面白い。ああ、わくわくするなあ」と楽しげなジンさんに戸惑いながらも六兵は調査を進めるが、第二の殺人事件が――。
 

 
中山
 六兵というのは、まごうかたなき現代人です。今の人って、集団で人と接しているときはすごくいい顔するじゃないですか。そのくせ、裏に回るとSNSに捨てアカでひどい書き込みをしたりする。六兵も、表面を取り繕っているぶん、闇が深いんだと思います。

谷原
 その闇の深さが、『人面島』でも最後のどんでん返しの部分を鮮やかに際立たせていますね。

本格ミステリーは得意ではない!?

中山
 実は六兵は、ミステリーで言うところの「信用できない語り手」ですからね。どうせ信用できないなら、とことん信用できなくしてやろう、って思っています。

谷原
 でも、謎解きの部分に関しては、ジンさんの働きもあって、すごく信用できるんですよね。的確に事態を把握して鮮やかに謎を解いていく。このアンバランスさが魅力的です。

中山
 薄氷の上を踏むような書き方になるんですけどね。ミステリーとしては、ぜんぜん正統派じゃない。十数年、ミステリーを書いてきて、ぼくは本格ミステリーがそれほど得意じゃないってわかったんです。

谷原
 ええええ? そんなことないでしょう。

中山
 いや、そうなんです。だから、社会的なテーマを盛り込み、トリックに寄りかかりすぎないミステリーを書いてきたという思いがあります。

谷原
 もう一つ、ぼくがゾクっとしたのは、「土地には人を縛る力がある」という、これも登場人物のせりふです。ぼくも若いころは海外に飛び出したい思いがあったけど、今年五十歳になり、仕事をして子どもを育てていて、今いる場所から出て行こうとは思えない。おまえはもう逃げられないんだ、って言われたみたいでした。

中山
 人間関係が濃密であればあるほど、逃げられなくなるんですよね。

谷原
 プレッシャーを与えるようですけど、この先、六兵とジンさんの関係がどうなるのか気になります。六兵の過去は何があって彼がジンさんと別れる瞬間を見ることはあるんだろうか。過去の話には、六兵が勤める相続鑑定事務所の所長、弥生さんがからんでくる気もします。

中山
 六兵がなぜ人面瘡を宿すようになったか。バックグラウンドは一応、考えてあるんですよ。第三弾を書く気になったら、そのあたりに触れるかもしれません。
 ぼくのこの先の楽しみは、いつか自分の作品の映像化に谷原さんにかかわっていただきたいということです。ぼくはいつも、頭の中に浮かんでいる原稿用紙の文字をダウンロードするように書くんですけど、唯一、谷原さんの映像を思い浮かべて当て書きしたのが、『総理にされた男』の加納慎策ですからね。

谷原
 それは光栄です。機会があればぜひ。こちらこそよろしくお願いします。

 


谷原章介(たにはら・しょうすけ)
1995年映画『花より男子』道明寺司役で俳優デビュー。以後ドラマ、映画、舞台、CMなど多数出演。近年は「アタック25」「うたコン」の司会やナレーションなど幅広く活躍。2021年3月末よりニュース情報番組「めざまし8」のメーンキャスターを務める。

中山七里(なかやま・しちり)
1961年岐阜県生まれ。『さよならドビュッシー』で第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2010年にデビュー。同作は映画化されベストセラーに。著書に『護られなかった者たちへ』『ドクター・デスの遺産』『セイレーンの懺悔』など多数。

谷原章介ヘアメイク:川端富生/スタイリスト:小野塚雅之|ジャケット10万3400円/タリアトーレ、カーディガン4万5100円/レンコントラント、Tシャツ1万3200円/スリードッツ、パンツ3万7400円/ジーティーアー|すべてビームス六本木ヒルズ 03-5775-1623

(構成/佐久間文子 写真/五十嵐美弥)
〈「STORY BOX」2022年4月号掲載〉

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第183回
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