中山七里『人面島』
赤面『人面島』
前作『人面瘡探偵』を上梓した際、ありがたいことに早速続編のオファーをいただいた。
で、早速困った。
眼高手低なれど前作は横溝作品のオマージュだった。そこで大好きな『犬神家の一族』や『悪魔の手毬唄』、そしてもちろん『人面瘡』のテイストをぶっこんだ。何と言うか横溝成分全部載せで、読者の胃にもたれるくらいでちょうどいいと開き直った部分すらあった。つまり浅学非才の頭で絞り出せるネタはほとんど使い尽くしてしまったのだ。
で、続編ときた。
どこの版元のどんな作品もそうなのだが、僕はシリーズものを意識することがまずない。単発ものと決めた上で原稿を書き上げる。これはと思う要素を全部注ぎ込むので、さてシリーズ化と相成った時には七転八倒する羽目に陥る。『人面瘡探偵』も同様で、同工異曲を避けるために東京で事件を起こすストーリーも考えてみたのだが、それではどうも違うような気がする。横溝作品の愛読者ならお分かりだろうが、やっぱり因習に凝り固まった地方の素封家で事件を起こした方が映えるのだ。
オマージュというのは原典に向けた一種のラブレターである。
ところで僕は学生時代、ラブレターの代筆というアルバイトで周囲の顰蹙を買っていたのだが、渡された相手によると至極理性的な文章よりはこいつクスリやってんじゃねえかと思われるほど情熱的な文章の方が、受けがよかったらしい。愛を語るには相手が赤面するくらいでちょうどいいのだ。
よし、横溝作品の読者が赤面するほどベタベタなオマージュを書くべ。今回は『八つ墓村』と『獄門島』のテイストをぶっこんでやるべ。それがいい、それがいい。
締切に追われ半ばナチュラルハイの状態で仕上げたプロットを受け取ると、担当編集者はタイトルを見た途端に「マジ?」と目を剥き、次の瞬間爆笑したらしい。
タイトルって大事。
中山七里(なかやま・しちり)
1961年岐阜県生まれ。『さよならドビュッシー』で第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2010年にデビュー。同作は映画化されベストセラーに。著書に『護られなかった者たちへ』『ドクター・デスの遺産』『セイレーンの懺悔』など多数。近著に、『能面検事の奮迅』『笑う淑女 二人』『おわかれはモーツァルト』『鑑定人 氏家京太郎』など。
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『人面島』
著/中山七里