『逆ソクラテス』伊坂幸太郎/著▷「2021年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR
「逆ネガティブ」
『逆ソクラテス』発売のおよそ10日前。私は自身の日記にこんなことを書いていました。
2020年4月13日。『逆ソクラテス』の発売を延期するか否か、役員や編集長と深夜に電話で相談。無事発売されてほしい。
『逆ソクラテス』発売に向けて宣伝施策の準備が真っただ中だったその頃、日本では東京都を含む7都府県に緊急事態宣言が発令されていました。多くの商業施設が次々と休業や営業時間の短縮を迫られる中、書店さんも例外ではありませんでした。本を買うことが「不要不急」なのか、世間ではそんな議論も起きていました。
経験したことのない世界を前に、伊坂さんと私は、「この状況で本を出していいのか」「不謹慎に思われないか」「外出を助長していないか」「楽しく読んでもらえるのか」ということを、連日、電話やメールで話しました。
編集者として「きっと大丈夫ですよ!刊行しましょう!!」と明るく伊坂さんの背中を押すことができればよかったのかもしれません。しかし無責任な発言のようにも思えました。伊坂さんも私も、まずは最悪の状況を想像するところから議論を始めていたのだと思います。
発売延期一歩手前でした。それでも、少しずつ冷静になる中で、『逆ソクラテス』を読むことで、少しでも元気になってもらえるのではないか、と思えるようになってきました。『逆ソクラテス』は、そういった明るい、前向きな性質を持った本だったのです。
本作は各編のタイトルに「逆」「ではない」「非」「アン」「逆」という否定詞が使われています。それは子供たちの鮮やかな逆転劇を示していたりもするのですが、ある日伊坂さんは、こう言いました。「全部いいほうにひっくり返してやるぞ!という僕の気持ちを届けたい」。その言葉が関係者全員の心に響いて、予定通りの刊行を目指すことになりました。
今でも緊急事態宣言の最中に刊行した判断が正しかったのか、わかりません。それでも刊行当時、SNSで「元気がもらえた!」「今この本を読めてよかった!」という感想をいくつも拝見しました。
延期はせず、という決断をした直後、伊坂さんから送られてきたメールの中で、思い出に残っている一文があります。
「なんだか、ほんと大変な時期での出版となりますが、逆に担当が、ポジティブな人ではなく、僕と同様、ネガティブな○○さんで良かった気もします!!(慎重に行けますし!)」
ネガティブな性格を褒められた?ことが初めてだったので、今でもこの文面を思い出しては、『逆ソクラテス』ってまさに伊坂さんだよなと思ったりします。
──集英社 文芸書編集部 N
2021年本屋大賞ノミネート
『逆ソクラテス』
著/伊坂幸太郎
集英社
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