ミステリの住人 第2回『家族小説 × まさきとしか』

ミステリの住人 第2回

若林 踏(ミステリ書評家)

 家族ミステリと警察小説の幸せな結婚。まさきとしかの〈三ツ矢&田所刑事〉シリーズ(小学館文庫)を一言で表すとそうなるだろうか。
 まさきとしかは2007年に第四一回北海道新聞文学賞を「散る咲く巡る」で受賞し、翌年に同作を含む短編集『夜の空の星の』(講談社)で単行本デビューを果たす。まさきがミステリ作家としてのキャリアを歩み出したのは第三長編『完璧な母親』(2013年、幻冬舎)からだ。以降は数々のミステリ作品を発表しているが、シリーズもののミステリに挑戦したのは〈三ツ矢&田所刑事〉が初めてである。

閉じた〈世界〉に開けた〈社会〉をも取り込む

 結論から言ってしまうと〈三ツ矢&田所刑事〉シリーズは、ミステリ作家まさきとしかにとっての集大成というべき作品群に仕上がっている。第一に機能不全に陥った家族という、まさきがキャリア初期から一貫して拘り続ける題材が本シリーズでも描かれている。例えば第一作『あの日、君は何をした』の第一部では、息子を連続殺人事件の容疑者と間違われて交通事故で失った母親の物語が描かれる。一見、理不尽な被害者に見える母親だが、読んでいく内にその家族模様に奇妙な違和感を抱くはずだ。歪な家族の姿を描き、何故かすっきりしない感情を読者に芽生えさせることで頁を捲らせるのがまさきとしかの家族ミステリの手法だ。ポッドキャスト番組「本の窓」でのインタビューにおいてまさきは、家族という題材を書き続ける理由の一つとして、自身の家庭がかなり特殊な環境にあったことをあけすけに話してくれた「家族というテーマについては意識して書いているわけでは無く、自然と滲み出てきてしまうものである」ともまさきは語っており、自身の体験が血肉となって家族ミステリという形に結実していることが分かる。

あの日、君は何をした
『あの日、君は何をした』

 ただし、これだけでは過去作品の延長線でシリーズは終わっていただろう。やはり重要なのは三ツ矢秀平と田所岳斗という警察官を主人公に据えたことだ。警視庁捜査一課殺人犯捜査第五係の三ツ矢秀平は一度見たものは絶対に忘れないという瞬間記憶能力の持ち主で、他の捜査員が見落としてしまうような細かな情報を見逃さない。その反面、些細なことでも気になったらとことん拘ってしまう性格で、捜査でコンビを組む田所岳斗は終始、三ツ矢に振り回されっぱなしである。

 デビュー以前はそれほどミステリを読んだことがないというまさきだが、インタビューでは東野圭吾の〈加賀恭一郎〉シリーズや誉田哲也の〈姫川玲子〉シリーズといった、レギュラーキャラクターが活躍する警察小説を好んでいることを述べている。本連載の第1回でも触れたが、国内警察小説は1990年代後半において横山秀夫の活躍を皮切りにブームと呼べる盛り上がりを見せた。このブームには警察組織の内幕への関心を描くことと、個性的なシリーズキャラクターの創出という二つの大きな柱がある。〈三ツ矢&田所刑事〉シリーズが生まれた背景には、明らかに横山秀夫以降の警察小説ブームが影響を及ぼしている。

 こうしたレギュラーの刑事役を配した警察小説シリーズに挑みつつ、まさきはそれを自家薬籠中としていた家族ミステリと結びつけた。結果として、これは大正解だったように思う。これまで家族という小さな共同体の内部からの視点に閉じられていた物語に、刑事という外側からの視点を織り交ぜることで、まさきはミステリとして複雑で巧みな仕掛けを描けるようになったのだ。第二作『彼女が最後に見たものは』では、膨大な数の登場人物が行き交う群像劇の要素を持ったミステリだ。まさきはそれぞれの内面に深く分け入りつつ、それが一体どのような繋がりを持って全体像を成すのかを、三ツ矢と田所の視点から整理していくという書き方を試みている。後述するが、こうした外部からの視点の導入は、家庭内という閉じられた世界にとどまりがちだった小説に、物語としての更なる奥行きとスピード感をもたらしたはずだ。

彼女が最後に見たものは
『彼女が最後に見たものは』

〈三ツ矢&田所刑事〉シリーズのもう一つの特徴は、三ツ矢の相棒である田所の存在だ。いわば変人の部類に入る三ツ矢とは対照的に、田所は極めて常識的かつ平凡な刑事として描かれている。三ツ矢の行動を理解できず悩むことも多い田所は読者に近しい人物であるが、だからこそ事件に関わる家族が抱えてしまった悲劇を客観的に見つめることが出来るのだ。取り返しが付かないくらいに壊れた家族を外側から観察する役目は三ツ矢ではなく、田所が背負っている。まさきは「物語を三ツ矢の目線から語ると、つまらなくなってしまうと思った」と、やや直感的な発言を行っているが、この判断は正しかったように思う。三ツ矢自身も家族関係にまつわる痛ましい過去を引き摺っている人物である。彼もまた壊れた家族の内側にいる人間なのだ。その意味で全てを相対的な視点から見つめる役割としての田所はシリーズにおける重要な存在である。

 ところで先ほどから筆者は家族ミステリという呼称を時々用いているが、もちろん家族を描いたミステリは古今東西書かれており、明確に〝家族ミステリ〟というサブジャンルが定義されているわけでは無い。筆者の念頭にあったのは1990年代後半から国内ミステリで目立つようになった、機能不全の家族を題材にした作品のことだ。まさきとしかへのインタビューで最も印象に残ったのは、ダニエル・キイス『24人のビリー・ミリガン』(堀内静子訳、早川書房)やデイヴ・ペルザー『“It(それ)”と呼ばれた子』(田栗美奈子訳、青山出版社)といった本について尋ねた時のやり取りだ。まさきは別媒体のインタビューで90年代に刊行されベストセラーとなった心理学系の本や、児童虐待などの家庭内問題に関するノンフィクションを好んで読んでいたことを語っている。今回のインタビューでその理由を改めて伺ったところ、「家族という本来、他人が絶対に覗けるはずの無い世界が克明に描かれていることへ衝撃を感じた」と述べていた。

 日本でアダルトチルドレンという言葉が流行したのは1995年から96年のことで、90年代末には既にピークを迎えていた。しかしミステリの世界では天童荒太『永遠の仔』(1999年、幻冬舎)が各種ランキング企画で高評価を得てベストセラーになるなど、家族の機能不全を犯罪小説の背景として描く作品はむしろ支持されていたように見える(『永遠の仔』とアダルトチルドレンブームについては、文芸評論家の斎藤美奈子が平凡社刊『趣味は読書。』の中で、当時のミステリ業界への批判的な意見と共に論じている)。家族の機能不全を題材にしたミステリが目立つようになったことについては、アダルトチルドレンブーム以外にも様々な要因、例えば同時期にクローズアップされていた少年犯罪の凶悪化などとも複雑に絡み合っているはずで、単純に語ることは出来ない。ただ、家族という日常のすぐ傍に集団が抱える闇を覗くことへの関心が、先ほど記したような心理学系のノンフィクションのブームなどによって醸成されていったことは確かだろう。ブラックボックス化した家庭内に生じる悪意を覗き込むことへの興味は、後に〝イヤミス〟という呼称で括られる読後感の悪いミステリ作品群の一部にも継承されていく。日常の傍にある閉じられた世界への関心がミステリを読む動機となる点では、第1回で触れた横山秀夫以降の警察小説の隆盛にも通ずるものがある。警察小説と家族ミステリが同時期に国内推理小説史の表舞台へと上がってきた事については、いま一度着目すべきだろう。

 こうした動向を踏まえた上で〈三ツ矢&田所刑事〉の話に立ち返ると、刑事という外部の視点から全体を見渡す物語を構築したことは、90年代後半以降の家族ミステリと一線を画すものを描く点において大きな意味を持つ。そのことを痛感したのは、第三作『あなたが殺したのは誰』(小学館文庫)を読んだ時だ。同作では90年代の北海道鐘尻島の物語と、2020年代の東京で事件捜査を行う三ツ矢と田所の物語が並行して描かれていく。過去パートの起点となるのは1993年、つまりバブル崩壊直後である。鐘尻島の物語に登場する家族たちは誰もが閉塞感と鬱屈を抱え、それが後に取り返しのつかない悲劇へと結びついていく。現代パートにおける三ツ矢の役割は、30年の間で人々の心はどのように変わり、その結果として何が生まれてしまったのかを再構成することにあるのだ。

あなたが殺したのは誰
『あなたが殺したのは誰』

 第三作にあって前二作になかったもの、それは社会の移ろいへの視座である。バブル崩壊に端を発する経済の停滞感は心を廃れさせ、家族の形をも歪めてしまう。家族の機能不全とはその内部に要因のすべてがあるわけではない。その外側にある社会全体の変化にも歪みを生む原因はあるのだ。現在と過去の往還から立ち上がるのは、そうした家族の有り様と日本の停滞という歴史が密接に絡み合いながら、破滅へと向かっていく過程である。いっぽうで家族と社会の結びつきという広い視座を作品に取り入れながらも、まさきの関心は家族を構成する個々人の内面を掘り下げることにも向けられている。インタビュー内でまさきは「登場人物すべての心情に寄り添って描きたい」という趣旨の発言を行っており、ミステリ作家としての関心はあくまで人間心理の動きにあることを述べていた。バブル崩壊後の日本という歴史を見据える視点と、個人の内奥へと分け入る視点。遠近が異なる二つの視点が合わさることで『あなたが殺したのは誰』は時代に抗う術もなく家族や個人が飲み込まれてしまう虚しさを伝える物語となった。家族という閉じた世界への関心は失わず、その外側にある社会との繋がりも視野に入れた小説へと〈三ツ矢&田所刑事〉シリーズは第三作において変化した。90年代後半の家族ミステリの流れを汲むところから、まさきとしかはミステリ作家として別のステージへと移ろうとしているのかもしれない。

※本シリーズは、小学館の文芸ポッドキャスト「本の窓」と連動して展開します。音声版はコチラから。


若林 踏(わかばやし・ふみ)
1986年生まれ。書評家。ミステリ小説のレビューを中心に活動。「みんなのつぶやき文学賞」発起人代表。話題の作家たちの本音が光る著者の対談集『新世代ミステリ作家探訪 旋風編』が好評発売中。

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