『あなたが殺したのは誰』刊行記念 まさきとしか × 黒木瞳スペシャル対談【後編】

黒木
 降りてきたというか、撮影のために早く寝なくちゃいけないのに、独りで晩酌をしながら、セリフをあれこれ試行錯誤していて。深夜にふと、「風か!」と気づいたんです。

まさき
 前ぶれもなく?

黒木
 はい。それ以降はもやもやが消えて、何も迷わなくなりました。物語のためには三ツ矢に従うしかないという、まさきさんのおっしゃった感覚に近いのじゃないかと思います。

まさき
 人を描くために必要なものは、作者ではなくてキャラクター自身が持っています。それを理解するには、人について、真剣に考えるしかないんですよね。

黒木
 本当に、遠回りでも考えぬくしかありませんね。

あえて究極のイヤミスを狙ってみる?

黒木
 まさきさんはヒューマンミステリーの名手だと思っています。人間ドラマに読者を引きこんでいく力が、本当に素晴らしい。人の醜さ、滑稽さ、ずるさを描きこんでいるのに、最後はすべて人間愛に成就させています。ミステリーとして最高なうえ、ミステリーの枠に収まっていない。今回の『あなたが殺したのは誰』は、ヒューマンミステリーの新たな傑作ですね。

まさき
 本当にありがとうございます。とにかく面白く読んでいただけたら、私は何よりです。

黒木
 ところで、まさきさんは「イヤミスの名手」とも言われますが、私はまさきさんの小説がイヤミスだとは一度も思ったことがないんです。後味が悪くて、読者に嫌な気分を残すのがイヤミスとされていますが、まさきさんの小説は、決して嫌な気持ちにはならない。無惨な出来事も描かれますが、そこから重ねられるドラマに、私は深い愛情を感じます。裏も表も一体になっている、人間の素顔が表れている。

まさき
 実際には、読者の方には私の小説で嫌な思いをしてほしくないんです。できれば、ちょっと希望を持っていただいたり、少しでも元気になったりしていただけるものを書きたい。けれどデビュー初期の頃は特に、私の書くものはイヤミスにジャンル分けされることが多くて。「せっかく読んでくださった方が、嫌な気持ちになっちゃうのかな……」と、気にしていた時期はありました。何だか申し訳ない気がして、ひそかに悩んでいたんです。

黒木
 心臓を素手でえぐるような、強烈なエピソードも描かれているせいかもしれないですね。そういう部分を見て、イヤミスとくくられてしまうのかもしれない。

まさき
 どのジャンルにくくられるかは別として、多くの読者の方にお届けしたい気持ちだけは、ずっと強いです。まず手にとってもらえたらと思います。

黒木
 いっそ本当に、嫌な気分にさせることを狙った小説も、書かれていいんじゃないですか? 読書は、希望を得ることだけが目的ではないですから。むごい内容の話でも、読んでいる最中の没入感を楽しめたらいい。読後の感触は読者に任せて、嫌なドラマだけを徹底的に積み重ねた小説も、それはそれで醍醐味があると思います。

まさき
 なるほど! その考え方は、ありませんでした。あえて本格イヤミスを目指すというスタンスですね。

黒木
 そう。まさきさんなら決定的なイヤミスの名作をお書きになれると思います。「これぞ本物のイヤミスだ!」という小説を。

まさき
 意外と、いいかもしれませんね。新しい視点をいただきました。次回作以降、検討してみます。


あなたが殺したのは誰

『あなたが殺したのは誰』
著/まさきとしか



まさきとしかさんと黒木瞳さん

まさきとしか 写真右
1965年生まれ。北海道札幌市在住。創作教室に通い、小説執筆の道へ。2007年「散る咲く巡る」で第41回北海道新聞文学賞を受賞。著書に『完璧な母親』『大人になれない』『いちばん悲しい』『レッドクローバー』『玉瀬家の出戻り姉妹』など多数。『あの日、君は何をした』『彼女が最後に見たものは』と続く、三ツ矢&田所刑事シリーズは現在52万部を突破するベストセラーとなっている。

黒木 瞳(くろき・ひとみ)  写真左
俳優。宝塚歌劇団に入団2年目で、月組娘役トップとなる。テレビ、映画、舞台で活躍。これまでの映画作品において、WEIBO Account Festival 2022 最優秀女優賞受賞。2023年6月公開映画『魔女の香水』では主演を務めた。近年は映画監督として4作品を手がけたり、舞台演出や朗読劇の企画・脚本などのエンターテインメントの世界で幅広く活躍中。

 

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