週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.136 精文館書店中島新町店 久田かおりさん
『成瀬は信じた道をいく』
宮島未奈
新潮社
誰が何と言おうと、私は成瀬が好きだっ!
2023年、『成瀬は天下を取りにいく』で彗星のごとく現れた成瀬あかりに多くの人が心を奪われた。空気を読まない、忖度しない、ゴーイングマイウェイの見本のような風変わりで突拍子もない少女に老若男女ことごとく胸を撃ち抜かれまくったのだ。
え? 成瀬って誰? ですとな。そうですよね、成瀬未知の方もいらっしゃるんですよね。これから初めて成瀬あかり史を読む方がうらやましい、いやほんと。「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」から始まる成瀬あかりの物語。閉店する西武大津店に毎日通ってその中継にただただ映り込むという第一章から、幼馴染の島崎と一緒にM−1にチャレンジしたり、高校入学後、実験のために丸坊主にしたり……これだけを聞くとただの変わり者、と思うだろうがそれは半分正解。「変わり者」ではあるが「ただの」ではない。そこに成瀬の成瀬たるゆえんがあるのだ。彼女の行動はいつも(彼女なりの)理論に基づいている。誰もが思いつかないわけじゃないけど思いついてもやろうと思わないような、そんなあれこれにいつも全力投球。しかも「できる」と信じている。独特のしゃべり方と相手によって変えない一貫した態度、やると決めた事をひたすらまっすぐやり通す(納得すると途中でやめる)行動力、その姿勢に読者はある種のあこがれを感じてしまうのかもしれない。そんな『成瀬は天下を取りにいく』を読み終わり、ロスにさいなまれていたいいタイミングで発売されたのが続編『成瀬は信じた道をいく』だ。中学二年生だった成瀬も成長し、その魅力倍増、行動力パワーアップ、予測不能度マシマシ!! よくある「続編がっかり要素」がカケラもないって、これはほんとにすごいこと。
各章ごとに周りにいる人たち目線で語られることで「成瀬あかり」が立体的に浮かび上がる。成瀬にあこがれる小学生の澄んだ瞳に、成瀬の大学受験を見守る父親の動揺に、バイト先のクレーマー主婦の困惑に、一緒に琵琶湖観光大使として活動を始めた女子大生の覚醒に、そして離れて暮らすことになった島崎との不変の友情に私は強く深く嫉妬を覚えるのだ。なぜ、私はそこにいないのだ、と。私も成瀬に関わることで変化していく自分を見たい。そして次々現れる成瀬の野望をそばで見守りたい。つまり、一生そばにいて欲しいんだ、成瀬よ。
で、第三弾はいつ出るんですか、宮島さん。
あわせて読みたい本
『チルドレン』
伊坂幸太郎
講談社文庫
登場人物たちによって語られる陣内という男の傲岸不遜な破天荒さが癖になる。家裁調査官という職業から想像される人物像とは真逆の想定外のハチャメチャさ。でも言ってることもやってることも本質的には至極真っ当。とくに盲目の青年永瀬とのエピソードは読んだ者の心に永遠に刻み込まれるだろう。短編のふりをした長編。伏線回収の鮮やかさにほれぼれ。
おすすめの小学館文庫
『マザー/コンプレックス』
水生大海
小学館文庫
名古屋の地下鉄で起こった二つの痴漢事件。一つ目の事件で容疑をかけられたまま地下鉄に轢かれて死亡した男性の母親と、二つ目の事件で逮捕された容疑者の妻と、その被害者の母。三人の女性がそれぞれに「真相」を求めて暗闇の中に手を伸ばしていく。そうきたか、そうくるのか、の最後に待ちうける「結末」にニヤリ。この後味こそが水生小説の醍醐味。
久田かおり(ひさだ・かおり)
「着いたところが目的地」がモットーの名古屋の迷子書店員です。