【特別対談】横山秀夫 × 長岡弘樹「警察小説と短編小説の極意」

【特別対談】横山秀夫 × 長岡弘樹「警察小説と短編小説の極意」
 木村拓哉氏が警察学校の鬼教官・風間公親を演じる「教場」シリーズ。フジテレビのスペシャルドラマとして2020年年始に「教場」、2021年年始に「教場Ⅱ」が、それぞれ前後編で放送され大反響を呼び、2023年4月からは「月9」ドラマ「風間公親―教場0―」が全11話で放送された。今回の映画プロジェクトは、前編にあたる「教場 Reunion」がNETFILXにて独占配信中、後編にあたる「教場 Requiem」が2月20日より全国東宝系にて劇場公開となる。原作となる長岡弘樹氏の代表作「教場」シリーズにおいて、第一作『教場』文庫版の帯に推薦コメントを寄せ、大ヒットへの足掛かりを作ったのが作家の横山秀夫氏だ。「初の警察学校小説にして決定版。脱帽──。」
 映画原作でもある文庫『新・教場2』の刊行が迫った2025年秋、山形に暮らす長岡氏が、群馬にある横山氏の自宅を訪ね、大先輩との初対面が実現。創作について、縦横無尽に語り合った。
 2月18日のシリーズ最新刊『教場Ω 刑事・風間公親』の刊行と、20日の「教場 Requiem」劇場公開を記念し、小学館文庫『新・教場2』の巻末に収録した対談を特別公開!
構成=吉田大助 写真=黒石あみ

横山

 遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。

長岡

 お会いできて光栄です。

横山

 こちらこそ。作家の方と会ってお話をするというのは、私はほとんどしたことがなくて。対談となると、今日が初めてかもしれません。孤独を破る抵抗感のようなものがあって、これまでたくさんのご依頼を断ってきたんですが、なんの引力か長岡さんには会ってみたいと思ったんですよね。ついに自分の不文律を破ってしまいました(笑)。長岡さんの作品は、どれを読んでも面白いんですよ。話がよく練られているだけでなく、一行一行がものすごく丁寧に書かれている。『教場』を初めて読んだ時は本当に驚きましたよ。興奮して、ああいうオビ文を書かせていただいたんです。

長岡

『教場』は編集者から「警察小説を書いてほしい」という依頼を受けて書いたものでした。刑事が主人公の作品は世の中にたくさんありますし、警察の管理部門に属する人々のお話は、横山さんが完璧なものを何作も発表されている。まだ手が付けられていない題材は何かあるだろうかと考えた時に、警察学校はどうだろうと思い浮かんだんです。

横山

 さきほど長岡さんに初版本をプレゼントしましたが、私は短編の「陰の季節」で賞(第五回松本清張賞受賞/後に文春文庫)をもらってデビューした時に、選考委員の井上ひさしさんが「横山さんは新たな鉱脈を発見したんですね」とおっしゃったんですよ。同じことを、『教場』を読んだ時に感じました。ただ、長岡さんが鉱脈を見つけたことは確かなんだけれども、警察学校って深掘りできる舞台なのかなぁとも思っていた。とんでもなかったですね。レアアースを掘りまくっている(笑)。

横山秀夫さん

長岡

 今も作家を続けられているのは横山さんのおかげなんです。僕は二〇〇三年に「真夏の車輪」という作品で第二十五回小説推理新人賞をいただいたんですが、授賞式で東京へ行った時に、編集者の方が「必読のミステリー」を五冊紹介してくださったんですね。それが宮部みゆきさんの『火車』(新潮文庫)と、東野圭吾さんの『白夜行』(集英社文庫)と、佐藤正午さんの『ジャンプ』(光文社文庫)と、乙一さんの『GOTH』(角川文庫)。そして、横山さんの『動機』(文春文庫)だったんです。

横山

 そうでしたか。

長岡

 そこで初めて横山さんの作品を読んだんですが、こんなに面白い短編を書く作家がいたのかとものすごく衝撃でした。他の作品も読みたいと思ってすぐ本屋さんに行き、『陰の季節』の文庫を買ったんですが、さらに感銘を受けたんです。特に表題作には衝撃を受けました。この人に私淑しよう、師と仰ごう、と勝手に決めてしまったんですよね。その後、横山さんの作品をお手本に、まねさせていただいたおかげでなんとかここまでやってこられたんです。デビューして少し経った頃、文芸評論家の池上冬樹さんから「長岡弘樹は横山秀夫のエピゴーネンだ」とはっきり言われたことがありました。僕はそれを言われて、嬉しかったんですよ。横山さんみたいな作品を書きたいなとずっと思っていましたので、ものまねだと言われて光栄だったんです。

長岡弘樹さん

横山

 私だって、自分が書いてきたもののすべては、読んだものから生まれていますから。そこはお互い様ですし、まねでもなんでもないですよ。

長岡

 では、「技を盗みました」で(笑)。『陰の季節』を何度も読み返していた時期に、オチの作り方について「あっ、こういう技を使っているんだ」と気付いたことがあるんです。その技を使って「傍聞き」という短編を書き、運良く推協賞(第六十一回日本推理作家協会賞短編部門 双葉文庫『傍聞き』所収)をいただいたんですよね。

横山

 それもひとえに長岡さんのお力だと思いますが、技が私にありましたか。

長岡

 ありました。横山さんも自分なりの創作用語をお持ちかもしれませんけれども、僕も勝手にそういう言葉をいろいろ作っているんです。その一つが、「成果を出す」。当たり前の推理小説であれば、殺人事件が起きて、犯人は自分が捕まらないようトリックを弄して逃げるんだけれども、探偵が来て「それはこういうトリックだ」と謎を解けばそこで話は終わりですよね。でも、謎を解いて終わりではなくて、そこからさらに誰かを操り何か行動させて、新たな事を起こす。それを、「成果を出す」という言葉で捉えています。そういったオチの作り方があるんだということを、僕は『陰の季節』から学ばせてもらったんです。

横山

 うーん。無我夢中で書いてましたからね。でも言われてみると、今まで読んできたものや観てきたものの既視感を払拭するのにはどうしたらいいか、ということを当時真剣に考えていたような気がしますね。

横山秀夫さん

長岡

「教場」シリーズも基本的に、「成果を出す」ことを意識してどのお話も構想しています。ですから、やっぱり横山さんのおかげなんです(笑)。

横山

「教場」は連作短編集なので、一話ごとにオチがあります。オチがついた瞬間、余韻を書かずに終わるという手法に衝撃を受けたんです。大抵は、書きすぎちゃうんですよ。オチがついてから長々と解説調の話を聞かされることが多いんだけれども、「教場」はスパッと終わる。そして、すぐ次の話が始まっていく。なんて潔い作家さんなんだろうと思ったことをよく覚えていますね。しかしまあ、蟻の話(『教場』「第三話 蟻穴」)とか、あの先を詳しく書かれても気持ち悪くてたまらないよとは思うんですが(笑)、でも、あそこで終わらせるというのは今まで見たことがない。

長岡

 これも自分の勝手な創作用語なんですが、「下に敷いておく」という手法を使っているんです。その節なり章なりの終わりで、読者が知りたいと思う情報をわざと書かずに途中でぶった切る。その情報を、次の節なり章なりで「下に敷いておく」。中身はギリギリまで伏せたまま、でも常に意識しつつ別の話を続けることで、読み進んでいく推進力になるんじゃないかと思っています。

横山

 一種の「引き」ですよね。普通にその章が終わりました、次の章が始まりましただと、読者は布団の中で読んでいたとしたらそこで「じゃあ、ここから先は明日読もう」となってしまう。でも、気になる終わり方をしていたら「もう一章読んでから寝ようかな」となる。結果、読者を徹夜させたら作家の本懐ですよね。

横山

「教場」は警察学校の生徒たちの誰かが事件を起こして、それを隠しているんだけれども、教官の風間はその嘘を見抜く。一編一編にそういった本線の謎があり、なおかつストーリーの途中に小さな謎が幾つも入っていますよね。登場人物たちの人生経験から来る雑学というか、科学的アプローチあり心理学的アプローチありの「とっておきの話」をそれぞれが持っていて、それを誰かに謎かけ風に披瀝する。そのパートがいちいち面白いんです。しかも、その会話が本線の伏線になっていたりするじゃないですか。最後に「なるほど!」と大きく膝を打つミステリーに仕上がっている。このスタイルは「教場」に限ったものではありませんが、長岡作品の最大の魅力ではないかという気がします。

長岡

 僕は、ネタ優先主義なんです。「このネタを使いたいから、こういう話を書こう」というところから着想が始まりますし、原稿用紙五十枚ぐらいの短編であればだいたい五節で書いていくんですが、一節につき何か一つネタを入れないと……。

横山

 気が済まない?

長岡

 はい(苦笑)。「このネタを読者に紹介したいな」と思ったら、本筋と関係なくても入れてしまうことがあります。ネタを多めに盛り込んでもてなさなければ、読者が退屈するんじゃないかという恐怖感があるんです。

長岡弘樹さん

横山

 うわぁ、会話の中で小さなミステリーを幾つも作っていくなんて、テクニックとしても非常に難しいものですし、そこで読者を「なるほど」「面白い」とその都度思わせていかなければいけない。ちょっと私にはできない芸当だなぁ。

長岡

 漠然とした質問でお答えづらいかと思いますが、横山さんは、どのようにお話を発想されているのでしょうか?

横山

 私の場合、ミステリーのネタが最初から思い付いていることはほぼないんです。大抵の場合、誰にどんな負荷をかけようかなというところが取っ掛かりになるんですよね。例えば、カメラマンが海外で戦場の写真を撮ってきました、と。だけれども帰国したら、フィルムなりデータが全部パーになってしまった。どうです?

長岡

 その人にとって最も起こってほしくないことを起こす、と。

横山

 ええ。観光客の撮った写真がパーになったのではドラマが始まりませんからね。こういう職業、こういう立場の主人公に最も負荷がかかる状況はどういうものだろうと考えて、それを背負わせるんです。そして、主人公の心の動線を丁寧に描いていき、この先はこう進んでいくんだろうなという軌道を読者に思い浮かばせたところで、主人公とは別の人の、まったく異なる心理を提示して全てを引っ繰り返す。これがね、ミステリーと純度の高い人間ドラマとを融合させる秘訣でもあるし、短編を書くうえでも非常に相性がいいんですよ。最初に主人公に強烈な負荷をうまくかけられれば、オチは一応考えておくにしても、短編の分量であればオチまでの道のりは主人公が勝手に突っ走ってくれるんです。だって最初にドーンと「一括管理していた警察手帳が全部なくなっちゃった!」となったら、一括管理を起案した責任者は死ぬ気になって動くしかないでしょう?

長岡

「動機」(第五十三回日本推理作家協会賞短編部門受賞作)ですね。

横山

 一般的な刑事小説は、何か事件がドーンと起こりましたとなると、班であるとか課であるとか、要は「面」で受け止める。責任が分散するんですよね。それに比べると警察の管理部門の仕事というのは責任の所在がはっきりしていて、必ず一人のところに「点」として落ちてくる。責任の重みが大きい、という点が警務を書いた理由のひとつでもあるんです。

長岡

 今お話ししてくださった点が、僕と横山さんの一番大きな違いかもしれないなと思いました。「誰に負荷をかけるのか」といった人間ドラマの部分は、僕の場合は後回しなんです。

横山

 長岡さんはさっきおっしゃったように、ネタが最初にあって、それをどんどん拡大していく?

横山秀夫さん

長岡

 そちらの方向ですね。最初にあるのは、自分が面白いと思った、一つの小さな事象なんですよ。大きい事象の場合もありますけれども、大抵はすごくちっぽけな事象なんです。この前実際に書いた短編(「オール讀物」二〇二六年一・二月号掲載「未明の反作用」)の例で言いますと、人が重たい物を持って、台車に乗っているとしますよね。その状態で重たい物を投げると、反作用で台車が後ろに動くんです。そういう物理現象の存在を知った時に、「これはミステリーになるな」と思ったんです。

横山

 なるほどなるほど。

長岡

 僕が最初に目を付けるのは、その程度のことなんです。そこから少し考えて、例えば投げる物が、その人にとってすごく大事な物だったらどうかなと。投げたくはないんだけれども、何があっても後ろに進まなければいけない状況にあったとしたら……と、何かドラマができそうな感じがしてくるんです。

横山

 投げる物の大切さと、自分が動かなければならない大切さのどっちが上か、という話になってきますよね。面白い。

長岡

 こんな妙な考え方をしないで、横山さんのようにキャラクターに負荷をかける方向から物語が作れたらいいなとずっと思っているんですが、できないんですよ。意外性で読者を驚かすようなミステリーを考えるには、僕はそちらの方向からしか入れないんです。

横山

 それはもう、私の場合も長岡さんの場合も、性癖に近いものですから。変えられない、とあきらめた方がいい(笑)。

横山

「教場」は、心のノスタルジックな部分を触られるんです。それは何なのかなと考えてみると、学園小説という面もある。そこじゃないかと思ったんです。

長岡

 学校経験は万人が持っているわけですから、感情移入してもらいやすいのかもしれません。

横山

 さらに言うと若い頃って、上の立場の人間からああだこうだ言われるのがイヤじゃないですか。人から何かを教わるってことが、自分は苦手だったんです。でも、「教場」を読んでいると、教わるって結構楽しいことなんじゃないか、心地よいことなんじゃないのか、と。シリーズを読み継いでいくうちに、だんだんその感覚が強くなってくるんですよね。俺はもっと風間に怒られたいんだ、という気持ちさえ頭をもたげてくる(笑)。登場人物たちもね、自分が会ったこともないようなすごい人に出会いたいって心の欲求がどこかにあるから、理不尽と思えるような風間の教育的指導を受け入れていくわけじゃないですか。その感覚が私の中にも、もう六十八歳ですけれども、やっぱりある。読者の間口が狭いように見えて広い、実にいろいろな楽しみ方ができる小説だと思ったんですよ。長岡さんも、書いていて楽しいでしょう?

長岡弘樹さん

長岡

 楽しいです。さきほど自分はネタ好きだというお話をさせていただきましたが、学校という舞台ですと、風間が生徒たちに教えるという形で、ネタをすごく入れやすいんです。このシリーズは、自分の小説スタイルにも合っているのかなと思っています。

横山

 しかも長岡さん、このシリーズで倒叙法もやっているじゃないですか。

長岡

 そうですね。『教場0 刑事指導官・風間公親』と『教場X 刑事指導官・風間公親』は冒頭の段階で犯人や犯行を明かして、それが暴かれるのを犯人視点から書いていったいわゆる倒叙ミステリーです。

「教場」シリーズ

横山

 どちらも素晴らしい出来でしたが、『0』とか『X』とか言われてもパッと記憶が結び付かないから、タイトルは『倒叙法X』とか『倒叙法0』にして欲しかった。

(一同・笑)

横山

 生意気な言い方ですけど、「えっ、この人はこんなこともできるんだ」と思いました。あれは、今までの書き方だけでやっていくと読者が驚きに慣れてしまうんじゃないかとか、そういった思惑で書かれたものだったんでしょうか。

長岡

 最初に書いたのは『教場0』だったんですが、編集者さんが「風間で『刑事コロンボ』をやろう」というアイデアを出してくださったんです。僕も『コロンボ』は大好きですから「賛成!」となりまして、それで生まれた作品です。これもまた横山さんから学んだことなんですが、一番面白いストーリーって、登場人物が追い詰められる話なんですよね。倒叙法は、犯人が探偵役に追い詰められていくという構造を持っていますから、ぴったりなんです。

横山

 確かに私が書くものは倒叙法ではないんですが、そうですね。どの作品も、ほとんどそういう書き方です。

長岡

 追い詰め方というか、追い詰められ方が本当に巧みです。

横山

 長岡さんの作品の登場人物たちも、いつも冷や汗や脂汗をかいていますもんね(笑)。長岡さんや私が書いているものは、ゆったりと小説を読みたい人にとってみると、ちょっとつらい読書体験になるとは思うんですよ。私なんかは『64(ロクヨン)』(文春文庫 上下巻)で、主人公が追い詰められる様子を千四百枚も書いてしまった。でもね、言い換えると、五秒おきの心理をずっと書いているってことでしょう? こんなに内面をつぶさに観察してもらえるなんて、現実世界ではありえないことなのでこの主人公は幸せな人だろうというふうにも思うんです。

横山秀夫さん

長岡

 横山さんに丁寧に心理描写してもらえるなんて、彼は幸せだなと僕も思います(笑)。

横山

 そうだ、長岡さんの本を読み返しながら思ったことがあったんですよ。良きミステリー、面白いミステリーってホラーに近いんじゃないかな、と。

長岡

 あぁ、それは僕も思います。

横山

 シャーロック・ホームズの『銀星号事件』とか、みんなホラーですよ。長岡さんの作品も、途中は面白い会話もあって愉快にも読めるんだけれども、後半に行くに従ってだんだん怖くなってくる。怖さというものは、良いミステリーを書くうえで、必ずぶら下げていなければいけないランタンのようなものだと思うんです。

長岡

 僕も横山さんの小説、怖いです。どれも怖いんですが、例えば『真相』(双葉文庫)に収録されている「18番ホール」。あれはほとんどホラー小説ですよね。

横山

 あれは怖いです(笑)。やっぱり、「分からないこと」は怖いじゃないですか。ミステリーって、謎という「分からないこと」を書いていくジャンルだし、そこに人間の心という「分からないこと」が絡んでくる。おそらく、私の場合も長岡さんの場合も、怖くしようと思って怖くしているんじゃなくて、必然的に怖くなっていくんじゃないかな。

長岡

 そうですね。僕も怖くしようという意識は全くないです。

横山

 なんだか今、すごく嬉しいです。私は今までずっと一人でひっそり書いてきて、作家との座談会もしたことがないし親しくしている人もいないんですよ。「小説ってどう書いているの?」ということを作家の方と話すのは生まれて初めてなんですが、同じだな、似ているところがあるな、と共感できている。実は誰にも分かってもらえないんじゃないかと思っていたんです。

長岡

 僕は、横山さんのことは少なからず分かっているつもりです(笑)。

長岡弘樹さん

横山

 頼もしい(笑)。今日はお会いできて本当に良かったです。またゆっくりお話ししたいですね。今度はぜひ、山形で。

長岡

 ぜひ! よろしくお願いします。

(2025年11月18日 横山秀夫氏自宅にて)


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横山秀夫(よこやま・ひでお)
1957年東京生まれ。新聞記者、フリーライターを経て、98年「陰の季節」で松本清張賞を受賞し、デビュー。2000年「動機」で第53回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。12年刊行の『64』は英国推理作家協会のインターナショナル・ダガー賞最終候補にも選ばれた。その他の著書に、『半落ち』『第三の時効』『クライマーズ・ハイ』『ノースライト』など多数。

長岡弘樹(ながおか・ひろき)
1969年山形県生まれ。筑波大学卒。2003年「真夏の車輪」で第25回小説推理新人賞受賞。08年「傍聞き」で第61回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。『教場』は2013年週刊文春ミステリーベスト10国内部門第一位を獲得、2014年本屋大賞にもノミネートされた。他の著書に『教場2』『教場0 刑事指導官・風間公親』『風間教場』『教場X 刑事指導官・風間公親』『新・教場』『新・教場2』『教場Ω 刑事・風間公親』など。

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