今月のイチオシ本【歴史・時代小説】

『聖者のかけら』
川添 愛
新潮社

 先日、ローマ教皇フランシスコが来日され、反核兵器のメッセージを送った。言語学者・川添愛の初の歴史小説『聖者のかけら』は、現教皇が名前を受け継いだアッシジの聖フランチェスコ(英語名フランシスコ)が作ったフランチェスコ会が、重要な役割を果たしている。

 ドミニコ会の修道士からベネディクト会の修道院に聖遺物が贈られたが、それをドミニコ会が否定した。折しも、ベネディクト会の仲介で開かれるドミニコ会とフランチェスコ会との会合が迫っていた。ドミニコ会との軋轢を避けたい院長は、聖ベネディクトと同じ名を持つ若き修道士ベネディクトに、ローマ近郊の村で教会の助祭をしているピエトロの協力を仰ぎ、聖遺物を調査するよう命じる。

 戒律を守って修道院で暮らすベネディクトと聖遺物を売って金を稼ぐピエトロという対照的な探偵コンビが、聖遺物の調査を始めると巨大な陰謀が浮かび上がってくる。これに聖フランチェスコの遺体の行方、ピエトロと敵組織が繰り広げる息詰まる頭脳戦、フランチェスコ大聖堂が上下二層になった理由に切り込む歴史ミステリーの要素なども加わるので、ミステリー好きも満足できるはずだ。

 聖フランチェスコは清貧を重んじたが、会則が厳格過ぎたため生前から内部対立があったという。穏健派のエリア・ボンバローネが多くの寄進を集め大聖堂の建設にも着手する一方、大聖堂など聖フランチェスコは喜ばないとして清貧を貫く厳格派も少なくなかった。財政が豊かなベネディクト会しか知らなかったベネディクトは、生前の聖フランチェスコの「兄弟」で、その教えに忠実であろうとするレオーネに衝撃を受け、共に生活するうち次第に変わっていく。ベネディクトの宗教者としての成長を描く青春小説の中に、信仰と教団の勢力拡大はどのようなバランスにあるべきなのか、信仰は貧しい人、迷える人を救えるのか、なぜ心に安らぎをもたらすはずの宗教に原理主義的な運動が生まれ人を傷つけるようになるのかなど、現代とも無関係ではない宗教をめぐる問題を織り込んだところも秀逸で、信仰とは何かの問い掛けは重い。

(文/末國善己)
〈「STORY BOX」2020年1月号掲載〉
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