米澤穂信さん『本と鍵の季節』

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謎は突き詰めるもの
著者近影(写真)
本と鍵の季節
イントロ

『満願』『王とサーカス』が二年連続で三つの年間ミステリランキング一位に輝き、米澤穂信は端正にしてビター、"大人"な本格ミステリの 書き手として注目を集めた。全六話からなる最新刊『本と鍵の季節』では図書委員の男子高校生二人をW探偵役に据え、"大人"の空気をも積極的に取り込んだ新たな青春ミステリの創出に挑んでいる。

 本書の第一話に当たる「913」は、もともと作家七名が参加したアンソロジー『いつか、君へ Boys』(二〇一二年六月刊)のために執筆されたものだった。「少年たちが登場する青春小説」というアンソロジーのテーマに合わせ、学校を物語の舞台に選んだが、作家自身は青春ミステリではなく、暗号ミステリを書く意識が強かったという。

「アンソロジーの依頼をいただく前から、編集者の方に"誘拐モノや密室殺人など、一冊でいろんなタイプのミステリが楽しめる『ミステリ図鑑』のような短編集を作りましょう"というお話をいただいていました。のちのちその短編集に収録されることを意識して、まずは暗号ミステリで一篇書いてみようと考えました」

 主人公=視点人物は、高校二年生の「僕」こと堀川次郎だ。六月のある日、利用者が誰もいない放課後の図書室で、同級生の松倉詩門と図書当番をしていた。「僕」は松倉のことを〈これが同じ高校二年生かと思うほど分別くさいことを言うかと思うと、意外に間が抜けたところもある〉と感じ、単なる図書委員を越えた親しみを覚えている。暇にまかせて松倉とお喋りを繰り広げていると、図書委員会を引退した三年生の浦上麻里が現れ「アルバイトしない?」と声をかけてきた。死んだ祖父が鍵をかけたまま遺していった、金庫の番号を探り当てて欲しいと言う。次の日曜日に二人が浦上家の屋敷へ赴くと、問題の金庫は書斎にあった。「麻里が大人になってから、もう一度この部屋においで。そうしたら、きっとおじいちゃんの贈り物がわかるはずだよ」。生前のメッセージが指し示す暗号を、二人は知恵を合わせて解こうと試みる──。

「伝えたいことがあるけれど、それをそのまま言えないから暗号にするわけです。暗号ミステリの要諦は、"伝えたいんだけれども直接言えない"という状況設定にあると思っています。トリックに当たる暗号のアイデアを思い付いたところで、じゃあ誰が何を伝えようとして何故それを言わなかったのか、と考えを進めていきました」

 その思考の裏には、魅力的な暗号を思い付いただけではミステリにならない、という作家の信念がある。

「謎があってそれを解くだけなら、クイズになってしまう。誰がその謎を生み出すことになったのか。その人は、何故それを隠そうと思ったのか? 誰がそれを解こうとするのか。解こうとする人と、隠そうとした人の関係は何なのか? 謎を取り巻くひとつひとつの関係性を突き詰めていくと、元はクイズや論理パズルでしかないものが、一篇のミステリになる。小説と呼ばれるに足るものになると信じています」

 そうした試行錯誤の末に今回選び取られたのが、暗号解読の鍵をになう図書室という舞台であり、堀川次郎と松倉詩門のW探偵スタイルだったのだ。

「例えば、依頼を持ち込んだ浦上先輩に対して、堀川は好印象を抱いていて、松倉は逆のイメージを抱いています。ものの見方が、ちょっとずつ違う二人なんですよね。言い方を変えると、松倉だからこそ気付けることがあるし、堀川だからこそ松倉には気付けないことに気付く。二人の気付きが組み合わさることによって、謎がようやく解かれる。一人では解けないんですよ。若干、松倉のほうが冴えている面はありますが、それにしたって堀川なしでは正解に辿り着けてはいない。堀川と松倉は、どちらも探偵役ではありますが、名探偵ではないんです」

 過去作のいずれとも異なるW探偵スタイルに、原稿を受け取った編集者は大きく反応した。編集者からの新たな要望に応え、作家は当初予定していた「ミステリ図鑑」の案をアップデートして、「青春ミステリの連作」としても第二話以降を書き継いでいくことに決めたのだ。

自分たちは本当に重なっていたのか

 第二話「ロックオンロッカー」は、割引チケットを手に入れた堀川が、松倉と連れ立って美容院へと足を運ぶ。店長は二人に「貴重品は、必ず、お手元にお持ちくださいね」と、噛んで含めるように言った。その一言への引っ掛かりから、ミステリが幕を開ける構成だ。

「『ミステリ図鑑』としての要素も残しているんです。例えば第二話は、ミステリとしては『九マイルは遠すぎる』(ハリイ・ケメルマンの短編小説)の方式を採用しています。探偵役が謎めいた言葉を耳にして、"あの一言は何だったんだろう?"と思いを巡らすところから、謎が生まれ解き明かされていく。第三話以降もアリバイ探しや日常の謎、文書の謎を読み解くテクスト・クリティークなど、ミステリのサブジャンルを毎回変えていくよう意識しました」

 各話のミステリとしての完成度を追求する一方で、一話ごとに時間軸が先へと進む、連作短編集ならではの味わいは常に意識していたと言う。

「連作化しようと決めた時に、単に"君たち面白いからまた出てよ"という態度では、堀川や松倉たちに生命を吹き込めないなと思いました。彼らは一人の名探偵を、二分割したような存在ではありません。彼らは別々の人生を生きている、二人の個人であることを尊重したうえで、二人の関係性を大切に組み上げていかなければいけない」

 第一話の時点での堀川と松倉は、知り合って二ヶ月しか経っておらず、図書当番で週に一度会うだけの関係だった。W探偵は新たな謎と向き合い推理をしながら、お互いの価値観をぶつけ合っていったのだ。その過程で、お互いの人間性を理解すると共に、埋め難い溝を知ることとなっていく。

「第一話の段階では、お互いに理解し合っていると、少なくとも堀川のほうは思っている。でも、人はそんなに単純なものではありません。話していくうちに知らなかったことも出てくるし、学校という小空間の外で会ってみると、相手のまた違った面が見えてきます。どうやら、育ってきた環境もだいぶ違う。"自分たちは本当にそれほど重なっていたのか?"という堀川の疑念が、だんだんとクレシェンドしていくかたちになればと思っていました」

二人の関係性の中に滲む作家の「願い」

 米澤は二〇〇一年のデビュー作『氷菓』から始まる〈古典部〉シリーズや、『春期限定いちごタルト事件』から始まる〈小市民〉シリーズなど、高校生が主人公の青春ミステリを書き継いできた。本作はその流れに位置しているが、悪意の質感や人間ドラマのビターな感触は明らかに、警察官やジャーナリストといった社会人を登場人物に据えた『満願』や『王とサーカス』の流れも汲んでいる。

「堀川は松倉について"僕を含め学生はしょせん学校が世の中のすべてだが、松倉には、こいつは少し違う世界も見ているのではと思わせるようなところがある"と語っています。確かに松倉は、学校という小空間の外に半歩出ているような存在なんですよね。松倉の存在が窓となって、物語の中に社会の風が吹き込んできていればと思います」

 吹き荒れる風は、第五話「昔話を聞かせておくれよ」の結末へと辿り着いた時、二人を別々の場所へと送り届ける。最終第六話のタイトルは、「友よ知るなかれ」だ。複雑な思いが錯綜する幕切れだったが、

「二人の関係は、ここで終わるものではないように思います。彼らのこれからを、また書いていける機会があればいいなと思っていますね」

 なぜなら二人の関係性の中には、作家自身が書きたい、そして届けたいと思う、大切なものが宿っているからだ。

「堀川は松倉に対して、自分よりも少し先に大人に近付いているな、と仰ぎ見るような感覚を持っている。一方で松倉は堀川に対して、"こいつ、まだまだ子どもだな"と下に見る感覚は持っていないんじゃないでしょうか。お互い、ちょっとずつ相手に憧れているんですよ。人と人との関係って、そうあってほしいなと思います。自分とは違うものの見方を持っている相手に、憧れを抱いて、尊敬し合う。私自身もそういう関係性を手にして生きていけたらなという願いが、堀川と松倉の関係性の中に滲んでいるのかもしれません」


本と鍵の季節

『本と鍵の季節』
集英社

高校2年生の堀川次郎と松倉詩門は図書委員。ふたりがいる放課後の図書室には、いつも謎が持ち込まれ──。男子高校生が繰り広げる推理と友情、そして爽やかでほんのりビターな結末に驚かされる、著者の新たなミステリ開幕!


著者名(読みがな付き)
米澤穂信(よねざわ・ほのぶ)
著者プロフィール

1978年岐阜県生まれ。2001年『氷菓』で第5回角川学園小説大賞(ヤングミステリー&ホラー部門)奨励賞を受賞してデビュー。11年には『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を、14年『満願』で第27回山本周五郎賞を受賞。他の著書に『ボトルネック』『さよなら妖精』『インシテミル』『王とサーカス』などがある。

〈「STORY BOX」2019年1月号掲載〉
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