嶽本野ばら『天橋立物語 三年菊組ロリィタ先生』

天橋立で有名な宮津が舞台の青春小説です
青春全開!の学園ものを書きました。生徒が12名、京都府宮津市の小さな高校3年生のクラスに東京からロリータ全開のとんでも先生が赴任してきた──。またロリータが主人公……失笑でしょうが自分で読み返しても、その青春に涙さしぐむので、お洋服に興味なき人も胸熱になると確信します。
あと数年で還暦を迎えます。最後の青春小説かもしれません。お爺さんが無理して青春を書いても説得力ないですしね。次からは親子、嫁と姑などを描く『渡る世間はロリータばかり』、歳相応のものに移行しようかと。
とはいえ今回の小説家デビュー25周年記念作品『天橋立物語』にも、読者は老境に至る作家の形跡を見出すかもしれません。作家は齢を重ねると古典に関心を抱きます。角田光代さんは『源氏物語』の現代語訳をなさいました。瀬戸内寂聴さんの『源氏物語』現代訳の刊行開始は74歳の時。北方謙三さんは50代で『水滸伝』に着手。中堅を過ぎると古典をいじくりたくなるは法則なのでせう。
かくいう僕も実は数年前から『万葉集』にハマっておりまして、『天橋立物語』では『万葉集』の歌をストーリーに多く絡めています。皇へのお世辞や宴席での駄洒落のような掛け合いの歌も多く、『万葉集』の全ての歌が秀逸ではないのですが、丁寧に読むととんでもない歌に出会す。
若い頃の大伴家持は笠郎女と恋仲で歌を送りあっていた。家持は他に好きな人が出来たので余り逢わなくなる。笠郎女から責められると「否、君を想っているんだが……。もし出逢わなければこんなに苦しくはなかったのに」なぞと言い訳をするようになる。そこで笠郎女は歌を詠む。
相思はぬ人を思ふは大寺の餓鬼の後に額づくがごと
訳せば、好きでもないのに好きだという貴方はまるでお寺の餓鬼の像を背後から拝むような人だ──。二股男に、餓鬼の後ろにひれ伏すようなヤツと強烈な罵声を浴びせる笠郎女のこの歌、スゴく好きです。
『万葉集』には熱情や優雅の他、修羅場の歌も律儀に収録してあるので、沼る。今の世まで恥を晒され続ける大伴家持……。気の毒ですが黒歴史もまた青春。だからドンマイ、気にするな、家持!
次に書くのは大伴家持の生涯を描いた『渡る世間は餓鬼ばかり』──天平の歴史ものにするべきでしょうか?
嶽本野ばら(たけもと・のばら)
京都府宇治市生まれ。1998年にエッセイ集『それいぬ──正しい乙女になるために』刊行後、2000年小説集『ミシン』で小説家デビュー。03年『エミリー』、04年『ロリヰタ。』で三島由紀夫賞候補に。主な著書に『下妻物語』『ハピネス』『純潔』『ピクニック部』、エッセイ集『ロリータ・ファッション』などがある。





