週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.179 紀伊國屋書店新宿本店 竹田勇生さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 紀伊國屋書店新宿本店 竹田勇生さん

『友が、消えた』書影

『友が、消えた』
金城一紀
KADOKAWA

 2000年代初頭、金城一紀は間違いなく、日本のエンタメの中心にいた。

 小説を読むということは人の精神に由来する行為であり、こねくり回された思弁的律動こそ文学の本質であると信じ込んでいた。だからこそ、私には金城さんの提示するそれは全くと言って良いほど異なるものとして映った。ひとつの文章を読んだら、もうすぐに次の文章に手をかける。極度に停滞を拒み、瞬間的な判断がまず優先される。動物が駆けるように肉体の虜となって「読む」。そうして読者は物語と共に最後まで疾走し続けることとなる。そういう意味で『GO』やこの「ゾンビーズ」シリーズはW村上が逆立ちしたって書けない小説なのだ。

 13年。人が老いるには十分な歳月が流れたが、『友が、消えた』は、往年の輝きを微塵も損なうことのない、これぞ金城一紀という圧倒的なまでのエンタテインメントである。あらすじは大学の同級生から突如として行方不明となった友人の捜索を依頼され、周囲との交友関係や過去について調査をすることで、事件の背後にある闇が明かされていくという実にシンプルなものだが、ストーリーによって主題をぼけさせないところに金城作品の美学があるのかもしれない。

 友情、正義、成長。嫉妬や憧れ、恋の予感 etc. etc. 。作りモノであることから決して逃げず、ただ全力でエンタテインメントを謳歌しようとする姿勢に私は高揚し、これまでのシリーズを彩ったキャラクターが顔を出すだけで、涙腺が緩んでしまうのである。

 何よりハイウェイをぶっ飛ばすような疾走感と、少し陰影の濃くなった本作の主人公・南方の若さがくすぐったくて、眩しくて――

 金城作品特有の、派手ではないが、徹底的な修練によって描き出される格闘シーンは顕在で、キャラクターの思想の断片のようにちりばめられる読書遍歴も見逃せない。

 私はかつて味わった興奮をなぞるように、そして、体の動きをひとつひとつ再確認するように頁をめくり続けた。私を夢中にさせる物語がここにある。

 ただ、私の中ではこの満足感と同じくらい訴えたい気持ちがある。

 こうでなくっちゃ困るんだ。

 だって、想像してみて欲しい。自分が少年ジャンプに胸躍らなくなる日がきたら、あなただって間違いなく絶望するでしょう。私にとって、この小説を楽しめないことはそれと同義だ。

「おかえり、ゾンビーズ。」

 彼らの帰還を心から歓迎する。

 

あわせて読みたい本

『GO』書影

『GO』
金城一紀
角川文庫

 当時『GO』の直木賞受賞を予想した書店員はどのくらいいたのだろう。小説現代新人賞を受賞していたとはいえ、既刊はゾンビーズシリーズの幕開けとなる『レヴォリューションNo.3』だけで、金城一紀という作家のポテンシャルは未知数と言わざるを得なかった。それでも受賞に至ったのは、当時の選評を見てもわかるように、この作家に賭けてみたいという曰く言い難い昂揚が選考委員の方々にあったのだろう。
 こんなことを書いていたら、久しぶりにクルパー(主人公である杉原の愛称)に会いたくなった。

 

おすすめの小学館文庫

『ハピネス』書影

『ハピネス』
嶽本野ばら
小学館文庫

「私ね、後、一週間後に死んじゃうの」。
 美人薄命というか、ヒロインが難病設定の小説は数限りなくあり、そういうものに対して鼻白むところがあることは認めよう。そういう意味ではなぜ自分がここまで野ばら作品に心酔してしまうのか、回答に窮してしまう。主に服飾部分のディテイルが世界観を補強しているのは間違いないが、そんなことが答えである筈もない。
 なぜ。なぜ。なぜ。
 問いを立てれば立てるほど、私の「好き」は増幅する。

  

竹田勇生(たけだ・ゆうき)
1980年生まれ。2024年6月より紀伊國屋書店新宿本店仕入課にて勤務。販売プロモーション担当。2023年本屋大賞受賞作、凪良ゆう『汝、星のごとく』紀伊國屋書店特装版を企画。


奥野じゅん『午前二時不動産の謎解き内覧』
◎編集者コラム◎ 『太陽と月 サッカーという名の夢』はらだみずき