# BOOK LOVER*第7回* 薄井シンシア

# BOOK LOVER*第7回* 薄井シンシア

 フィリピンの華僑の家庭で育ち、日本の大学に進学。結婚後は、夫の仕事の都合でさまざまな国に移住してきた私は、どこへ行ってもずっとマイノリティでした。

 マイノリティってやっぱり生きづらいんです。それぞれの社会の主流派と常に異なるのですから、自分の中に信念がないとやっていけない。

『アラバマ物語』はそんな私にとって人生の指針となっている最良の一冊です。1960年に書かれたアメリカの小説ですが、今読んでもまったく古びていない。人種差別が激しかった時代、白人の弁護士であるシングルファザーのアティカスが、暴行容疑のかかった黒人を弁護することから始まるドラマが描かれているのですが、人が生きていく上でとても大切なことがぎっしり詰まった物語でもあります。

 先日、オーディオブック版でも聞いてみたのですが、何度も泣いてしまいました。多様性を尊重すること、どんなときでも暴力に頼らないこと、皆がやらなくても自分が正しいと信じた道を貫くこと……。

 私の行動指針、それから娘を育てるときに大切にしていたことは、すべてアティカスの思想に基づいていたのだな、とあらためて気づかされました。もっと言えば、初読時に中学生だった私は、両親からこんな風に対等な目線で向き合ってほしかったんだな、と今になってわかります。

 次の世代に伝えたいことがたくさん描かれているので、子育てに携わっている人にもぜひ読んでほしいですね。皆がアティカスにはなれなくても、アティカスを目指すことはできるはず。こんなにも自分の血となり、肉となっている本はありません。

 


アラバマ物語

『アラバマ物語』
ハーパー・リー
(暮しの手帖社)
アメリカ南部の田舎町を舞台に、白人弁護士のアティカスが黒人差別と不正義に立ち向かう。アメリカでは小学校の教材にもなっている名著。

薄井シンシア(うすい・しんしあ)
1959年、フィリピン生まれ。18年間の専業主婦生活、パート勤務を経て有名ホテル勤務後、LOF ホテルマネジメント日本法人社長に就任。

〈「STORY BOX」2022年7月号掲載〉

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