# BOOK LOVER*第24回* 南沢奈央
あの、本のあいだにいる小さな虫に最近出会っていない、とふと思った。古い本や長年放置していた本にいる、あの虫だ。見つけた瞬間、反射的に本を強く閉じてしまうのだが、ページの上に押し花のように潰れた虫を見ると、やってしまった……と思う。でももしかしたら数年後また開いたら、もう跡形もなく、紙に還っているかもとも考えて、なんだかほっとする。
その本の虫を見なくなったのは、今わたしの家にあるのが、この数か月のあいだに来たばかりの本だけだからだろう。週に二、三冊は読む本好きなのだが、昨年、思い切って本棚を処分したのだ。本棚を置かなくなったことで、読んだ本は極力家に置いておかない生活となった。
だけどもともとは、壁一面本棚にして本で埋め尽くすくらいの生活に憧れていた。自分がこれまで出会ってきた本たちに囲まれる。どんなに幸せなことだろうと想像していた。そして日々、わたしを形成する本が加えられていく。その本棚はもはや、わたし自身なのだ。
今のわたしは、正反対だ。まだ読んでいない未知の本たちに囲まれている。でもこれが案外に良い。好奇心と刺激に満ちている。読書欲がそそられる。
そして、そういう空間が不思議と落ち着くのはどうしてだろうと巡らせると、図書室にたどり着く。そうだ、中学の時から学校の図書室が好きだった。
中一の時に、一冊の本と出会って読書が好きになったことがきっかけだ。その本は、愛する者同士の切なくも美しい運命を描いた物語。人間の単純ではない心理に触れて、しばらく心を震わせた。これはハッピーエンドなのか、それとも──。ミステリの新しい扉を開けてくれたのだった。
それから図書室に通うようになった。読んでも読んでも、まだ読んでいない本がそこにはたくさんあって、それが嬉しかった。それを思い出すのだ。
読んでいない本に囲まれた生活が心地よいのは、東野圭吾さんの『秘密』があったからかもしれない、と今ふと思う。
『秘密』
東野圭吾 著(文春文庫)
交通事故で九死に一生を得た娘の肉体に、死んだ妻の魂が宿った。〝父娘〟となった〝夫婦〟は、その日からふたりきりの秘密を抱えて暮らしていく……。東野圭吾の初期のベストセラー小説。
南沢奈央(みなみさわ・なお)
俳優。1990年、埼玉県生まれ。立教大学現代心理学部映像身体学科卒。2006年、スカウトをきっかけに連続ドラマで主演デビュー。2008年、連続ドラマ/映画『赤い糸』で主演。以降、NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』など、現在に至るまで多くのドラマ作品に出演し、映画、舞台、ラジオ、CMと幅広く活動している。大の読書家であり、書評やエッセイの連載など執筆活動も精力的に行っており、読売新聞読書委員も務めた。
『今日も寄席に行きたくなって』
南沢奈央 著(新潮社)大学生になって果たした念願の寄席デビュー、立川談春からのダメ出し、「南亭市にゃお」の高座名で落語を披露した初高座。「その話をすると、体温が一度上がる」と語るほど落語に魅せられた俳優・南沢奈央が語る愛に溢れた落語エッセイ集。