採れたて本!【海外ミステリ#12】

採れたて本!【海外ミステリ#12】

 やっぱりフランスミステリって変だ。かつて殊能将之は〝「フランス人は本格ミステリについて何か重大な勘違いをしている」という確信をいだいている〟(『殊能将之 読書日記 2000-2009』より)と述べた。殊能自身、これを偏見と自覚しているし、こういった肌感覚は氏にとって「フランスミステリをあまり好きではない理由」であったようだが、全く同じ理由でフランスミステリに惹かれてしまうのが評者である。どうしようもなく変だから、妙に引き付けられてしまう。

 コラン・ニエル『悪なき殺人』(新潮文庫)は、いわゆる謎解きが主眼ではないし、本格ミステリではないのだが、やっぱりフランスミステリの味が濃厚にしてくる。ありきたりな失踪事件から幕を開ける作品だが、その結末は型破りである。

 吹雪の夜、一人の女性が失踪した。町の実業家の妻である彼女は、なぜ失踪してしまったのか。その死には、ソーシャルワーカーであるアリスが恋に落ちた羊飼い、ジョゼフが関わっている可能性があるという。

 これが第一部にあたる「ALICE」の章の大枠だが、第二部のタイトルは「JOSEPH」となっており、同じ事件について、今度はジョゼフの視点から語り直されることになる。すると、「アリス」の視点からだけでは見えてこなかった点が見えてくる。この読み味がたまらない。二組の夫婦と、そこに挟まれた羊飼いという五角形の単純な心理サスペンスかと思いきや、第三部に入るや否や、全く違う景色が広がり、面食らわせられるのも面白い。帯にうたわれた「ラスト1行」を読んだ時、呆気に取られない読者はいないのではないだろうか。失踪事件の真相も明かされはするのだが、明らかにそこに主眼がないところも、殊能に言わせれば「重大な勘違い」なのかもしれないが、サスペンスとしては読み応えがある。

 第一部から執拗に繰り返される吹雪の描写や、第二部における、この世との唯一の繋がりとして羊を愛するジョゼフの心理描写などを読むと、しんしんと孤独が降り積もってきて、胸に沁みわたってくるような一冊だ。また、第四部において、舞台がアフリカに移ると、詐欺において呪術を利用するという奇妙な描写に出会うだろう。同じように呪術師が率いる詐欺集団を描いた作品に、クワイ・クァーティ『ガーナに消えた男』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)があり、西アフリカでは実際に起きている事件だということだ。そういった意想外のシーンまで含めて読みどころの多い本で、部が変わるごとに読み味も大きく変わるので、飽きさせない。フランス印の最新傑作だ。

悪なき殺人

『悪なき殺人』
コラン・ニエル 訳/田中裕子
新潮文庫

評者=阿津川辰海 

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