田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第17回

田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」

「すべてのまちに本屋を」
本と読者の未来のために、奔走する日々を綴るエッセイ


 ネット通販や電子書籍の普及などを背景に全国的に書店が減少するなか、3月5日に経済産業省は、地域の書店の振興に向けた部局横断のプロジェクトチームを立ち上げた。新たな支援策を検討していくことを発表し、まずは書店の現場から実態や課題を直接聞くことからはじめると報道された。

 経済産業省の「書店振興プロジェクトチーム」は大臣直下に置かれるという。経済産業大臣は、自由民主党による「街の本屋さんを元気にして、⽇本の⽂化を守る議員連盟(旧「全国の書店経営者を支える議員連盟」)」の幹事長を務め、立ち上げメンバーの一人でもある齋藤健衆議院議員である。

 齋藤氏は、まちの本屋にはさまざまな本が並ぶ〝一覧性〟があり、思いもよらない出合いを提供し、人間の視野と興味の幅を広げてくれる大切な場所だと語っており、日本の文化水準を維持するために書店が不可欠としたうえで、再販制度の趣旨に反しているビジネスモデルを是正する法整備が必要だと指摘している。リアル書店の意義と必要性を経済産業大臣という立場で発信してくださっていることは心強く、発言の端々にまちの本屋への想いを汲み取ることができる齋藤氏が、書店復興に向けた旗振り役を担っていることはありがたいと感じている。

 一方で、今回の経済産業省のプロジェクトチームは、「街の本屋さんを元気にして、⽇本の⽂化を守る議員連盟」(以下、「書店議連」)の提言を受けて設立されていることを考えると、いささか不安に感じる点もある。

 ご存じない方も多いと思われるので、2023年4月28日に書店議連が発表した「第一次提言」を掲載しておく。

(外部サイト)書店議連「第一次提言」▶︎

 柱となっているのは、図書館が同一の書籍を複数冊持つ「複本」の原則禁止などのルール作りの検討や、キャッシュレス決済の導入といったデジタルトランスフォーメーション推進への支援策などである。

 提言は地元書店からの優先的な本の仕入れなど、公共図書館と書店が共存するための連携促進が必要と指摘し、アマゾンなどインターネット書店を念頭に、送料無料などが実質的な値引き販売にあたるとして、実態調査を求めていくことが盛り込まれていた。

 この提言の柱として挙げられた課題は、本当に書店が抱える本質的な問題なのだろうか。受益者となる読者・消費者視点でこの提言を見ると、サービスの低下につながり、本離れを加速させる可能性すらあるのではないだろうか。

 書店についてなんらかの報道がなされた場合、世間の反応は概ねポジティブなものが多いのだが、今回は珍しくネガティブな反応が多かったのが印象的だった。SNS上には、「小売業である書店業を公費で救済することで、読者や消費者が図書館やネット書店を使いづらくしてしまうのは本末転倒なのではないか」という極端な書き込みも多く見られた。

 また、公共図書館に対して地元書店からの優先的な本の仕入れを要望している点については、地元書店の努力を先に認め、その上で施策を打ち出すべきである。地方の書店経営の柱のひとつに、公共図書館への図書の納入がある。入札制度による過度な価格競争の末の値引きや、装備作業の無償提供が前提となっているなかで、資本力の小さな書店は何とか踏ん張ってやってきた。年々、入札制度については、価格重視の入札からプロポーザル方式(企画競争入札)を採用することで、過度な価格競争は是正されつつある。しかし、プロポーザル方式という入札方式は、提案そのものではなく提案者を選ぶ方式でもある。事業方針や実施体制、実績などが書かれた提案書をもとに、最も適した提案者が選ばれるのだ。

「税の域内(地域内)循環」を促す動きのもと、図書館への図書の納入に関しては地元の書店を活用していた自治体が多かった。しかし、プロポーザル方式の導入によって参入業者の多様化が進み、「税の域内循環」から脱する流れが予測される。

 こうなると小さな書店は、いよいよ太刀打ちできない状況にまで追い込まれていく。それに対してどのように立ち向かったらいいのだろうか。この流れのなかで書店として取り組むべきは、「必要なものを必要な数だけ迅速に揃えられる流通」と「〝地元業者だから〟だけではない自治体の読書推進活動への参画などの地域貢献」の構築なのではないだろうか。

 地元の書店だから選ばれる時代は終焉に向かっている。その際プロポーザルへの参加基準として必要になってくるのは、地域貢献度である。本の売買だけではなく、地域に対してどんな社会貢献をしてきたのか、地域の読書推進活動においてどんな役割を果たしてゆくのかをしっかりと考え、実行していく必要がある。

 近い将来、地域の書店がプロポーザルの参加者にすらなれないという惨事が起こらないうちに、それぞれの書店があるべき姿をしっかりと考える時に来ている。

 
「書店がひとつもない自治体は全国のおよそ4分の1にのぼっている」ことが、大臣直下のプロジェクトチーム立ち上げにつながっている。そもそも前提となるこの数字に間違いがある。これまでの出版業界が把握していない書店は数多くある。未来読書研究所が把握している書店を加えて試算すると、書店がない自治体は306自治体で自治体数の17%程度となる。前提の数字が違うことこそ問題ではないだろうか。

 出版文化産業振興財団(JPIC)が2022年12月に提示した「無書店の自治体456市町村」の根拠は、日本出版インフラセンター(JPO)で書店マスタ登録されている店舗のうち、坪面積が不明なもの、狭小なものを除外しての計算結果である。この登録店舗は取次口座を有している店舗であるから、子どもの文化普及協会など、いわゆる「非取次流通」と取引している書店は含まれないのだ。そこで現在、JPOでは非取次流通店舗のマスタ登録を可能とし、広く呼びかけをはじめたが、聞き及んでいる限りではあまり進捗はしていないようである。

 プロジェクトチームには、まずは全体像をしっかりと把握し、プロジェクト設立の根拠となっている書店の状況の把握からはじめていただきたいものである。

 また、書店にはもうひとつの顔として、教科書供給所としての役割がある。書店経営は、店売と外商の両輪で成り立っている。とくに地方の書店においては、公共図書館や学校図書館への図書の納入や教科書供給における売上が大きなウェイトを占めている場合が多い。外商があるから店舗を構えることができているという書店も少なくないのだ。店売の赤字を外商での黒字でカバーして書店経営をしている書店が多いのも事実だろう。そこに、まちから本と出合える場所をなくしたくないという想いを汲み取ってほしい。

 近年では、店舗を閉めてしまい、外商機能だけを残して運営している書店も増えてきた。書店マスタ登録されている店舗のうち、坪面積が不明なもの、狭小なものを除外したものが書店数としてカウントされていることを考えると、店舗を閉め教科書だけを扱っている書店は書店としてカウントされていないことになる。教科書インフラとしての書店の役割についても踏み込んで議論する時期に来ているのではないだろうか。

 
 出版業界の課題は、書店だけを見ても解決しない。雑誌流通が書籍流通を支えていたかつての内部補助の構造の見直しと、新規参入が極端に少なく、新陳代謝が行われてこなかった反省をどのように活かすのかがポイントとなる。

 経済産業省のプロジェクトチームには、既存の書店を守るだけの施策ではなく、ぜひとも新規参入・異業種の参入しやすい環境整備にもしっかりと取り組んでいただきたい。そういう意味においても、現場の声を拾う際は、ぜひ大きな出版業界の声だけではなく、積極的に小さな出版界隈の声に耳を傾けてほしい。

 きっと、小さな出版界隈の声からは、大きな出版業界が抱える本質的な課題が浮かび上がってくる。その構造を変えることこそに、今回の経済産業省プロジェクトチームが立ち上がった意味があるのではないだろうか。

 現場の書店に向け、実態や課題のヒアリングがあるという。公費を活用した延命策を訴えるのではなく、努力している企業の営業活動の自由を制約するようなこともせず、これまで目を背けてきた旧弊を明るみにし、抜本的な出版流通の見直しを訴えていくような議論がなされることを望む。


田口幹人(たぐち・みきと)
1973年岩手県生まれ。盛岡市の「第一書店」勤務を経て、実家の「まりや書店」を継ぐ。同店を閉じた後、盛岡市の「さわや書店」に入社、同社フェザン店統括店長に。地域の中にいかに本を根づかせるかをテーマに活動し話題となる。2019年に退社、合同会社 未来読書研究所の代表に。楽天ブックスネットワークの提供する少部数卸売サービス「Foyer」を手掛ける。著書に『まちの本屋』(ポプラ社)など。


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