上田健次『銀座「四宝堂」文房具店 Ⅲ』

上田健次『銀座「四宝堂」文房具店 Ⅲ』

宝田硯とエルキュール・ポアロ


 時々「四宝堂の店主・宝田硯のモデルは誰ですか?」という質問をいただきます。最初に答えてしまうと、そのものズバリのモデルはいません。けれど、影響を受けているであろうキャラクターはいます。それはエルキュール・ポアロです。

 アガサ・クリスティーのポアロシリーズはたびたび映像化されており、その中でもデヴィッド・スーシェがポアロを演じ、熊倉一雄が吹き替えを担当したテレビドラマが私は好きです。同作品は何度も放送されていますが、私が見ていたのはNHKがBSで土曜の夕方に流していたものです。

 私は、会社勤めをしている兼ね合いで、平日は執筆に時間を割くことができません。代わりに休日は、大した趣味もないとあって許される限り執筆に時間を注ぎ込んでいます。だいたい朝の5時頃からパソコンの前に座っているので夕方には目がしょぼしょぼし、諦めてポアロを見るといった流れが土曜日のお決まりになっていました。

 ポアロについてこの場で多くを語る必要はないでしょうが、神経質なまでに几帳面で、常に身だしなみに細心の注意を払い、どんな時も余裕たっぷりで慇懃な態度を崩さず、独特のユーモアで相手の懐にすっと入り込み、時々ハッとするような言葉を発するなど、非常に魅力的な主人公であることは論を俟ちません。テレビの画面越しとはいえ、毎週彼に会い続けているうちに影響を受けなかったと言えば嘘になるでしょう。

 同作品は、ヘイスティングズやミス・レモン、ジャップ警部にオリヴァ夫人など、脇を固めるキャラクターも素晴らしく、その影響は「良子」をはじめとする「四宝堂」の登場人物たちにも何らかの形で投影されているように思います。

 ちなみに私が見ていた時間帯での放送はすでに終了し、後番組は「刑事コロンボ」でした。もしも、「四宝堂」のプロット創りや草稿執筆時にポアロでなくコロンボを見ていたら、硯の人となりは変わっていたかもしれません。

 


上田健次(うえだ・けんじ)
1969年生まれ。東京都出身。2019年、第1回おいしい小説大賞に「テッパン」を投稿。21年、同作を加筆修正しデビューする。23年『銀座「四宝堂」文房具店』で第18回うさぎや大賞1位、同年、三洋堂書店文庫アワード第2回「でら文芸」で第1位を獲得する。

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銀座「四宝堂」文房具店 Ⅲ

『銀座「四宝堂」文房具店 Ⅲ』
著/上田健次

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