週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.68 成田本店みなと高台店 櫻井美怜さん


月の立つ林で

『月の立つ林で』
青山美智子
ポプラ社

 10月のある日、そろそろ眠ろうかと寝室の明かりを消すと、外のあまりの明るさに驚いて飛び起きたことがあった。外から懐中電灯で照らされているかのような丸い光がカーテンの隙間から届いていたのだ。すわ、泥棒か!? とおそるおそる外を覗くと、そこには信じられない明るさの月が佇んでいた。

 私が見たのは、アメリカの先住民が動物の狩猟を始めるための指標にしていたことから〝ハンターズムーン〟と呼ばれる満月だったようで、月の近くで輝いていた UFO かと見紛う球体はなんと木星だったらしい。ググれば大抵のことがわかる今の世の中は、便利だが味気なくもある。月の満ち欠けの理由を知らない昔の人はいったいどんな気持ちで空を見上げていたのだろうか。

『月の立つ林で』では人生の小石に躓いた人々が描かれる。長年勤めた病院を辞めた看護師。夢を諦めきれない売れない芸人。妻と娘に上手に接することができずに空回りする整備士。女手ひとつで自分を育てる母親のもとから早く自立したい高校生。仕事と家庭のバランスがとれなくなってもがくアクセサリー作家。躓き、そこから立ち上がり、やり直したい、と思っても、時間を巻き戻せるわけでも、別の誰かに生まれ変われるわけでもない。

 そこで、新月である。
〝新しい月〟と呼ばれるくらいなのだから、そこがお月様にとってのスタートラインなのだとはぼんやり思っていた。けれど、月だって全く新しいものに生まれ直しているわけではない。太陽の陰に隠れてその姿が見えなくなっているだけなのだ。

「新月は見えない」
 これほど勇気がわく真実があるだろうか。私も、あなたも、たった今からまた新しい気持ちで立ち上がればいいのだ。そしてその決意は周りの人からは見えない。あなたが新月なのだということは誰にも見えないのだから。辛いことがあった日はそっと心のリセットボタンを押せばいい。そう考えることができるだけでも、少しは生きるのが楽になるかもしれない。

 それにしても世の中に溢れる月に関する蘊蓄は多い。作中に登場するタケトリ・オキナという男性がポッドキャストで月の豆知識を配信している「ツキない話」という番組がとても面白く、ポッドキャストにその番組が実在していないか思わず確認してしまった。

 欠けた月がまた弧を描きながら球体に戻っていくように、物語も人と人との縁を繋ぎながら、ラストに向けてくるりと紡がれてゆく。連作短編を読む楽しみを、月見をするような穏やかな気持ちで味わえる作品だった。

 明日の夜は晴れるだろうか。

  

あわせて読みたい本

月の満ち欠け

岩波文庫的 月の満ち欠け』
佐藤正午
岩波文庫

 人生も月が満ち欠けを繰り返すようなものかもしれないが、愛も欠ける。けれど、欠けた部分も、やがてまた満ちてゆく。海辺で潮の満ち引きを眺めつつ、人の力では抗えない引力について浸りながら読みたい一冊。

おすすめの小学館文庫

銀座「四宝堂」文房具店

『銀座「四宝堂」文房具店』
上田健次
小学館文庫

 私が一番大切にしている文房具は高級万年筆でも、革張りの手帳でもなく子供向けのキャラクターノートだ。銀座の文房具店、四宝堂で紡がれるあたたかな物語は、引き出しの奥に眠っている宝物を思い出すきっかけになるかもしれません。
ゲスト/岩田 徹さん◇書店員が気になった本!の著者と本のテーマについて語りまくって日々のモヤモヤを解きほぐしながらこれからの生き方と社会について考える対談◇第18回
◎編集者コラム◎ 『書くインタビュー5』佐藤正午