吉野弘人『ゴルファーズ・キャロル』

吉野弘人『ゴルファーズ・キャロル』

講釈師見てきたような嘘をつく


 除夜の鐘と同じ数を叩く典型的な煩悩ゴルファーだった私でも、ボビー・ジョーンズのニッカーボッカー姿の写真には見覚えがあるし、ベン・ホーガンの『モダン・ゴルフ』も実は持っていた。アーノルド・パーマーやゴールデン・ベアもファッションブランドとして有名だ。アメリカゴルフ界のレジェンドを挙げろと言われたらほとんどの人がこの四人を上げるだろう。胸アツ法廷小説『ザ・プロフェッサー』シリーズで知られるロバート・ベイリーがゴルフ界の四人のレジェンドをモチーフに新たな小説『ゴルファーズ・キャロル』を書き上げた。シリーズを書き続けてきた作家が、新たなシリーズや作品を出すときは、その力量が問われる。違う舞台でも同じ力が発揮できるだろうかと注目されるからだ。だがそれは杞憂だった。むしろ、ストリーテラーとしての実力を証明してみせたといってよいだろう。

 プロゴルファーになる夢に破れ、家族のために弁護士になる道を選んだ主人公ランディは、四十歳の誕生日の日に自殺しようとしていた。最愛の息子グラハムを白血病で失い、その治療費で破産寸前だったのだ。そんな彼に大学時代の友人ダービーが幽霊となって現れ、四つのラウンド、四つのレッスンをプレゼントすると言う。死を決意していたランディとゴルフ界のレジェンドたちの幻霊との不思議なレッスンが始まる。

 ファンタジーのなかに、実在したレジェンドたちを配し、それぞれの人生を語らせる。「講釈師見てきたような嘘をつく」と言うが、実在した人物をストーリーに取り込むことで、物語を生き生きとしたものに変えてみせるのはこの著者の【十八番/おはこ】だ。主人公がレジェンドたちと経験するレッスンは、彼らの有名なエピソードを並べただけなのだが、それで感動的で示唆に富んだひとつのストーリーに仕上げてしまうのだから恐れ入る。物語という「嘘」は、「夢」ということばに置き換えることもできる。ロバート・ベイリーという作家は、どんな題材を扱っても読者にすてきな夢を見せてくれる作家である。それはミステリーでも本作のようなミステリー以外の作品でも同じだ。「胸アツ」や「生きる元気を与えてくれる」ということばとミステリーとは、あまりマッチしないと思うかもしれないが、ベイリーはそれをどの作品でもやってのける類まれな作家なのだ。これまでの翻訳小説にはない感動を与えてくれる彼の作品は今後も要注目である。

 


吉野弘人(よしの・ひろと)
英米文学翻訳家。山形大学人文学部経済学科卒。訳書にロバート・ベイリー『ザ・プロフェッサー』『黒と白のはざま』『ラスト・トライアル』『最後の審判』(以上、小学館文庫)の他、グレアム・ムーア『評決の代償』(ハヤカワ・ミステリ)など。

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ゴルファーズ・キャロル

『ゴルファーズ・キャロル』
著/ロバート・ベイリー
訳/吉野弘人

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