翻訳者は語る 吉野弘人さん

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第23回

翻訳者は語る 吉野弘人さん

 米国南部を舞台に、大学を追われた老教授トムと就職に躓いた教え子リックの弁護士コンビが悪徳経営者を相手に闘う法廷スリラー『ザ・プロフェッサー』。正義、スポーツ、友情……清々しいまでにわかりやすい勧善懲悪の物語が反響を呼び、「続編希望」の声に応えてシリーズ第二作『黒と白のはざま』が登場。出版社への持ち込みで刊行を実現させた翻訳者・吉野弘人さんに話を伺いました。


〈「すごい作家に出会ってしまった」〉

 本作の存在を知ったのは、翻訳講座に通い出して数年経った頃。師匠の田口俊樹さんから「出版社への持ち込みは大切だから、どんどん企画を持ってきなさい」と言われて米国のアマゾンを検索していたときでした。まずは一作目『ザ・プロフェッサー』の原書の表紙に惹かれました。大学の前に佇む男の写真で、いかにも「リーガルスリラー!」という装丁。もともと法廷ものが大好きで面白そうだと直感しました。ジャンル別のランキングではグリシャムなど大家が並ぶなか上位にいて、レビューも千を超し評価も高い。さっそく取り寄せて読み始めるとすぐに「面白い!」と。一方で、良くも悪くも単純でわかりやすい「勧善懲悪」を、欧米人も好きなのかと意外な気もしました。

 続いて二作目の『黒と白のはざま』を読み終えた時に、「すごい才能、すごい作家に出会ってしまった」と思いました。一作目は謎解きの要素はなくミステリーとは言えないのですが、二作目は堂々ミステリーになっている。仕掛けは大きくはないけれど、「そのひとつの謎が明かされることで、今まで見えていたものがオセロのように一気に変わる」という心憎いもの。著者の「何でも書けるんだよ」という声が聞こえるようでした。

〈マジカル・ニグロではない主役〉

『黒と白のはざま』は、前作で読者からも人気が高かった黒人弁護士ボーが主役。舞台はアラバマ州から、KKK(白人至上主義団体)発祥の地テネシー州プラスキに移ります。ボーは前作では落ち込むトムの尻を蹴飛ばし奮起させるという強い存在で、所謂「マジカル・ニグロ」(白人の主人公を助けるためだけに登場する黒人のキャラクター)なのでは? という気もしていました。ところが本作では最初から逮捕され悩み続ける弱い存在として描かれる。また一作目に登場する女性たちは不遇でか弱い存在でしたが、二作目では非常に強い女性が活躍しています。単に類型的なキャラクターを登場させるだけではない、著者の懐の深さを感じました。

 本作の題材はKKKで、四十五年前の事件に端を発した物語になっています。現代の場面では、裁判所の前に白いフードを被った人たちが何百人も集まったり、反差別のシンボルのオレンジのアクセサリーをつけて無言の抗議をする人たちがいたりして、未だにアメリカでは黒人差別は終わった問題ではないと実感させられました。

〈裁判長は「閣下」?〉

 難しかったのは、南部の雰囲気をどう出すかということ。女性に対しては「マアム」、母親に対して「マンマ」というのが南部の風習で、原稿ではルビにしていますが、全部にルビをつけたらうるさくなってしまって、加減が大変でした。法廷用語にも苦労しましたね。例えば「却下」と「棄却」では意味が違うので使い分けたり、アメリカの法廷小説では裁判長を「your honor(閣下)」と言うのですが、師匠にも相談して普通に「裁判長」としたり。法廷独特の言い回しをどう翻訳するかにもかなり気を遣いました。

〈四十歳を過ぎて一念発起〉

 子どもの頃からホームズなど本は好きでしたが、高校生の時にクリスティの『アクロイド殺し』を読んで、「こんな面白い本があったのか!」と興奮して眠れないほどの衝撃を受けました。それから海外のミステリー全般、特に警察もの、私立探偵もの、法廷ものを読み漁りました。大学を出て銀行に就職しましたが、その後もM・コナリーやD・フランシスを愛読し、菊池光さん訳のフランシス作品を読んだ時に、初めて翻訳という仕事を意識し始めました。

 銀行では国際部門に在籍、入行当時のTOEICの成績は同期の中で下から二番目でしたが(笑)、一念発起して英語を勉強、香港にも五年間駐在し、結局二十五年勤めました。翻訳の勉強を始めたのは、四十歳を過ぎてから。銀行もこの先どうなるかわからない、やはり手に職だろうと実務翻訳を学び、その後文芸翻訳の勉強を始めました。

 単独での翻訳書はこのシリーズが初めて。これからもどんどん面白い作品を見つけて売り込んで行きたいですね。もちろん、本シリーズ三、四作目も日本でご紹介したい。今は詳しく言えませんが、読者の皆さんが気になっていること全てが回収されると思いますよ(笑)。
 

吉野弘人(よしの・ひろと)

山形大学人文学部経済学科卒業。訳書に『フォルクスワーゲンの闇』(日経BP、共訳)、『ザ・プロフェッサー』(小学館文庫)などがある。

〈「STORY BOX」2020年2月号掲載〉
『エベレストには登らない』の著者・角幡唯介が思いついた、消えてしまうはずの思考の断片を救出する解決策とは……?
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