採れたて本!【海外ミステリ#01】
お前と、お前の愛する者全てを殺す。殺人鬼の冷徹な脅迫から幕を開けるロバート・ベイリー『最後の審判』(小学館文庫)は、老弁護士トムを描く四部作の完結編にして、胸が張り裂けるような犯罪小説だ。
ベイリーはこの四部作で、法廷ミステリーの中心街道を爆走してきた。一作目『ザ・プロフェッサー』では、仕事・私生活ともに追い詰められる主人公トム・マクマートリーやその相棒たちのキャラ紹介をこなしつつ、一つの交通事故を巡る圧巻の法廷ドラマを紡ぎ出す。二作目『黒と白のはざま』は、KKKに父を殺された黒人弁護士ボーが容疑者として逮捕される衝撃の展開に始まり、終章に至るまで一瞬も油断できないどんでん返しの乱打に喝采せざるを得ない。三作目『ラスト・トライアル』では、タイトル通り、トムが法廷に立つ最後の物語となるのだが、事件の中心となるのはこれまでの作品で重要な役どころを演じたキャラクターで、序盤から意外性たっぷりの展開にぐいぐい引き込まれてしまう。
法廷、キャラクターの魅力、南部小説、殺し屋を魅力的に描くクライム・ノヴェルの骨法……現代のミステリーの多様な魅力を全て積載しながら、手を替え品を替え楽しませてくれた本シリーズが行き着いたのは、トムという男の最後の物語。法廷では決して語られることのない、「法廷の外のトム」の物語だ。
これまでのようなド直球の法廷ミステリーを期待される向きには、やや面食らう展開かもしれない。しかし、過去三作においても、ベイリーは法廷シーンを丹念に書きつつ(ベイリーは現代作家で一、二を争うほど、法廷の攻防の書きぶりが上手い)、法廷では俎上に載らない、「例の殺人鬼」との息詰まる攻防も並行して描いてきた。この『最後の審判』は、これまで「法廷外」で繰り広げられてきた殺人鬼との対決を総決算する物語であり、目に見える危機である殺人鬼と、目に見えない恐怖である病気とに悩まされる老弁護士トムの、克己の物語なのだ。
だからこそ、トムと彼の孫ジャクソンとの会話のシーンは、トムがこの世に何かを残そうとする試みの記録であり、一つ一つが燦然と輝き、胸を震わせる。しかし、殺人鬼は刻一刻と迫り、トムの大切な人々に魔の手を伸ばしていく。冒頭で「胸が張り裂けるような」と記したのは、このことだ。
この四部作は、順番に読まなければ意味がない作品ではあるが、一気に通読する価値は大いにある。特に『黒と白のはざま』と『ラスト・トライアル』は、謎解きミステリーとしてもオススメ。
『最後の審判』
ロバート・ベイリー
訳/吉野弘人
小学館文庫
〈「STORY BOX」2022年3月号掲載〉