志水辰夫『負けくらべ』

志水辰夫『負けくらべ』

アナログ世代の成れの果て


 小説を書きはじめて40年になる。

 デビューしたのは1981年(昭和56)、むろん当時は手書き原稿である。

 それまでライター生活をしていた。原稿用紙に向かってひたすら鉛筆を走らせていたわけで、書くという行為にはほとほとうんざりしていた。

 アメリカ映画で見る新聞記者や作家がタイプライターを使い、機関銃のような速さで原稿を打っているのを見るにつけ、羨ましくてならなかったのだ。

 だからワープロが登場し、24ドット印字でそこそこ見られるプリントアウトができるようになると、すぐさま導入した。

 自慢じゃないがAI時代の進化と発展を、身をもって体験してきた世代なのだ。

 以来30年、機器はワープロからパソコンへと代わったが、ローマ字で日本語の文章を作成するという基本行為はまったく変わっていない。

 この文章はWZという編集エディタを使って書いているが、このソフト自体は20数年前に開発されたものだ。

 つまりわたしのデジタル化は20数年前に完結しており、AIが自動的に文章の推敲をしてくれるようにならない限り、これ以上の進化は必要ないのである。

 AIの進化はその後も留まることを知らず、パソコンすら主役の座を追われ、いまやスマホ全盛の時代となった。

 わたしも一丁前に Android 搭載のスマホを持っているのだが、使用1ヶ月にして「あ、この機器の99パーセントは、自分には必要ない機能だわ」と悟り、通話とメール以外には使っていない。

 この先いくらAIが進化しようと、自分にはもう関係ないということである。

 時勢に捨て去られただけじゃないか、とは思ってねえよ。必要のない進化なんか、勝手にやってろと言ってるのだ。

 今回の作品は、そういう爺さんが小説という形式で世の中に参加しようとしたら、さて、なにができるか、と考えたとき生まれた発想に基づいている。

 


志水辰夫(しみず・たつお)
1936年高知県生まれ。81年『飢えて狼』でデビュー。83年『裂けて海峡』で第2回日本冒険小説協会大賞優秀賞。85年『背いて故郷』で第4回日本冒険小説協会大賞、翌86年、同作で第39回日本推理作家協会賞長編部門受賞。90年『行きずりの街』で第9回日本冒険小説協会大賞を受賞、同作は92年度「このミステリーがすごい!」第1位を獲得。94年『いまひとたびの』で第13回日本冒険小説協会大賞短編部門大賞受賞。2001年『きのうの空』で第14回柴田錬三郎賞受賞。

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負けくらべ

『負けくらべ』
著/志水辰夫

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