酒井順子『女人京都』
私が京都に住まない理由
京都が好きでしばしば通っていると、
「マンションでも借りて、向こうに住めばいいのに」
と言われることがあります。
確かにそのプランは、魅力的。京都好きが昂じて移住した人々の話を聞くと、羨ましさが募るものです。
が、しかし。私はおそらくこの先も、京都に住むことはないのでしょう。京都に住むということは、京都という大好きな相手と、結婚もしくは同棲をするようなもの。対して離れた地から京都を思い続けていると、常に恋人気分を保つことができるのでした。京都に行く度にデート気分を味わうことができるわけで、好きな相手に対する新鮮さが、ずっと続くのです。
かねて私は、京都とは美女のような都市だと思っていました。美人が多いから、といった理由のみならず、京都はその街自体が柔らかな女性性を帯びているのであり、私はそんな美女とデートをするのが楽しくて、いそいそと新幹線で馳せ参じているのです。
京都の女性性は、歴史の中にも見ることができます。女性の能力が活かされていた平安時代からの流れもあり、他の地と比べても、歴史に名を残した女性が圧倒的に多いのが、京都。この街の歴史は、女性を抜きにして語ることはできません。
『女人京都』は、平安京ができてから近代に至るまで、京都に生きた女性達ゆかりの地を時系列順に訪れつつ、彼女達の人生に思いを馳せた一冊です。コロナの影響で、実際に訪れることが叶わず、脳内で妄想したり、グーグルストリートビューに活躍してもらった時もありましたが、リアルであってもなくても、それは歴史上の女性達とデートをするようなひとときだったもの。
小野小町の終焉の地とされる洛北・市原の補陀洛寺から、九条武子が創立にかかわった、東山の京都女子大学まで。京都のあちらこちらには、女性達の千年分の感情が沁み込んでいます。その地に佇み、女性達の感情を追体験することによって、彼女達は自分と同じ人間であることが、はっきりとわかってくるのでした。
花や紅葉を愛でたり、名所旧跡を訪れたりと、京都には楽しいことがたくさんあります。が、「この紅葉を清少納言も眺めたのかも」「ここで出雲阿国が舞ったのか」と思うことによって、京都の深みはいっそう、迫ってくるというもの。この秋はあなたも京都で〝女人観光〟、いかがでしょうか。
酒井順子(さかい・じゅんこ)
1966年東京都生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを執筆。大学卒業後、広告会社勤務を経て、エッセイ執筆に専念。2004年『負け犬の遠吠え』で講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞をダブル受賞。女性の生き方、古典、旅、文学など幅広く執筆。著書に『ユーミンの罪』『オリーブの罠』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女 「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『家族終了』『うまれることば、しぬことば』など多数。
【好評発売中】
『女人京都』
著/酒井順子