【著者インタビュー】辛酸なめ子『愛すべき音大生の生態』/純粋でエキセントリックな音楽家の卵たちの日常は…

元美大生の辛酸なめ子氏が、音楽大学に潜入し、音大生の実像に3年がかりで迫ったという“音大生解体新書”。音大生ファッションチェックや、「テノール男子はナルシスト」といった専攻と性格の相関関係等々、読みどころ満載です!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

音楽家の卵たちの日常はエキセントリックで魅力的! 美大出身の著者によるリアルな声満載の笑撃ルポ

『愛すべき音大生の生態』

PHPエディターズ・グループ
1300円+税
装丁/西垂水敦(krran) 装画/辛酸なめ子

辛酸なめ子

●しんさん・なめこ 1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。女子学院中高時代は部活でマンドリンを演奏。「最近は芦田愛菜ちゃんが慶應中でマンドリンを始め、『徹子の部屋』で演奏したのが、マンドリン界隈での明るい話題です(笑い)」。武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業後、漫画家、コラムニストとして活躍。著書に『女子校育ち』『霊道紀行』『魂活道場』『タピオカミルクティーで死にかけた土曜日の午後』等。155㌢、A型。

音大生の華々しく盛られた経歴は、音楽で生きていく厳しさを物語っている気がする

 旺盛な妄想力と好奇心でヨソさまの事情を覗き、褒め言葉にもどこか毒や含みのある、実はとことん行動的で体験派なコラムニスト、辛酸なめ子氏。
 最新刊『愛すべき音大生の生態』は、元美大生でもある著者が音楽大学に潜入。「同じ芸術系なのに、何をやっているのか、全く知らなかった」という音大生の実像に3年がかりで迫った、〈音大生解体新書〉だ。私たちはつい、才能が火花を散らし、欲と策略にまみれた泥沼劇を期待しがちだが、思った以上に純粋で真面目でエキセントリックなのが音大生だったと彼女は言う。

「映画『セッション』みたいな怖い先生がいて、生徒同士もライバル心剥き出しで足を引っ張り合うとか、その手のドロドロした話を当初は期待していました。ライバルが弾くピアノの鍵盤に針が仕込まれていたという出所不明の話を又聞きで聞いたことはありますが、実際の学生たちは学内の演奏会等々で発表の機会に恵まれているのもあって、そこまで激しい事態にはならないのかもしれません」
 と、淡々と分析してみせる著者自身、〈音楽の才能があれば……と、これまでの人生、何回思ってきたことでしょう〉と本書に書く。
「某音大の付属幼稚園時代、褒められたのは〈木魚のみ〉だった私にとって、楽器のできる人は常に憧れでした。絵画は〈ヘタウマ〉もあり得るけれど、音楽の場合は一定のスキルが必要ですし、それをクリアした人だけが音大に入れるわけですから。
 美大生も予備校で画力を酷評されたり、受験自体はシビアなんです。ところが入学した途端、就職なんて何とかなるさ的な〈モラトリアムの空気〉に包まれる。過酷な自己鍛錬を永続的に要する音大生とは、そこが一番違うかもしれません」
 本書では東京藝大、国立くにたち音大、洗足学園など東京近郊の音大を主に取り上げる。音大出身の担当編集者ともども学園祭を見て回った「魅惑の音大イベント体験」や、謎に包まれた音大ライフを現役生が座談会形式で語る「音大生の不思議な日常」、不名誉なゴーストライター騒動でその名を知られることとなった桐朋学園出身の作曲家・新垣隆氏との対談など、全5章で構成される。
 また各章にイラスト付きで挿入される〈音大生ファッションチェック〉も必見だ。〈こなれ感が漂いながらキレイめな〉服装やピアノ科女子の美しい二の腕など、その華やかさ、爽やかさを元美大生は眩しく見つめる。
「代官山にある東京音大内のカフェに行くと、皆さん本当にオシャレで小綺麗で、女子としてのレベルの高さを感じさせます。
 美大の場合は小中高と“お嬢様学校”で育った子が、大学でいきなり“全身古着女子”に変身するなど、音大とは逆方面に同調圧力がありました(笑い)」
 取材時には東京藝大の学園祭に2年連続で通い、〈藝大に入るより難しい〉各種学内コンサートの抽選に応募。2年越しで観覧にこぎつけた。
「あんなに素晴らしい演奏が、しかも無料なんです!医大の次に学費が高いこともあり、音大生に必要なのは〈実力より親の財力?〉など、お金の話には俄然興味があります。
 また、彼らの才能に目を付けに来る〈藝大おじさん〉の存在も面白かったです。演奏会に行くと、確かに常連のおじさま方がいるんです。自らの“青田買い力”を自慢したい人やストーカーのようになってしまう人もいる一方、彼らの活動を人的、経済的にサポートするプロデューサー体質な人も時々いて、学生側も〈共存、あわよくば利用〉が本音のようです。
 いずれにせよ音大生の演奏には夢や希望が宿り、ポジティブな気分になれるので、心のアンチエイジングに学園祭はおススメです」

直感を養うことが求められる時代

〈『ドレミ』は使わない〉〈学祭ではミスコンより『ハノン速弾き大会』〉等々の〈音大あるある〉に、〈指揮科は意外とプレイボーイ〉〈ピアノ科は泥沼〉といった恋愛事情。また管楽器ではトランペットがモテ系、テノール男子はナルシシストなど、専攻と性格の相関関係なども読みどころだ。
「演奏会のパンフレットなどに載せるプロフィールの盛り方、、、も独特だと思いました。誰々に師事して何々コンクール第何位とか、華々しい経歴がずらりと並ぶのですが、それがむしろ音楽で生きていく厳しさを物語っている気もします」
 卒業後、プロの演奏家や楽団員になれるのは一握り。音大生にとっては音大生でいられる間、、、、、、、、、こそが演奏環境にも恵まれ、好きな音楽を好きなだけ愛せる、至福の時間なのかもしれない。
「新垣さんも対談時に〈必要な音楽〉があるというのは優雅なことだとおっしゃっていました。音楽さえあれば何も要らないと話し、全てを音楽の糧にする新垣さんは、本当に純粋で人柄の素晴らしい方でした。
 最近では私も五感を鍛えて直感を養うことが、こんな時代だからこそ求められている気がしています。情報に流され、恐怖で固まる前に自ら危険を察して動く力を、個人的にも身につけたい。人間がAIに取って代わられた時、残るのは芸術だとも言われますよね。今からでも楽器を習ったり、美しい音楽に触れて感性を磨くことが、今後は生死すら分けるかもしれません」
 先行きが不透明で不穏な時代において、今を生き抜く術として音楽を捉える辛酸氏の考察が、何かしら抗い難い説得力を宿すのは確かだ。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2020年4.24号より)

初出:P+D MAGAZINE(2020/08/23)

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