辛酸なめ子『電車のおじさん』

辛酸なめ子『電車のおじさん』

おじさんだらけの日本で、おじさんへの応援と感謝を込めて……


 日本の平均年齢は47歳、という数字を先日目にしました。日本はほぼおじさん、おばさんだらけの国。それなのに存在感が薄かったり、力を発揮できない中高年世代が多い気がします。森首相の女性蔑視発言は問題ですが、おじさんたちも虐げられているように思います。家庭では疎まれ、仕事場では時代遅れだと言われ……。ジェンダーの問題を解決するためには、男性と女性それぞれもっとリスペクトし合った方が良いのではないかと思います。煙たがられているおじさんの傷ついた心が、女性への攻撃や蔑視に駆り立てられてしまっている負の連鎖があるのではないでしょうか。

 私も、それまではあまりおじさんで良い思いをしたことがなく、苦手意識がありました。九州男児で何か気に入らないことがあると殴ってくる父親にはじまり、中高の電車通学では痴漢に悩まされ、仕事をはじめてからは読者の方が時々ストーカーと化して「血みどろになってもついていきます」とか怖いメールを送ってきたり、業界の重鎮的な男性に何度かディスられつぶされかけたり、占い師のおじさんに「子どもを産んでいないから先祖霊が怒っている」と言われて落ち込んだり……。おじさんの価値観、話の通じなさ、しつこさに困惑することが多いです。しかし世の中のほとんどはおじさんなので、苦手の一言で片付けるわけにはいきません。

 そんなおじさんに対し、平和な思いを抱きたい、ポジティブな部分を見出したい、という思いで『電車のおじさん』を書いていました。冒頭、玉恵が電車でおじさんに押されて、「なんでそんなに押してくるんですか!」と思わず抗議したら「何を言っているんだ、お前は!!」とキレられたシーンがありますが、私自身に実際にあった体験です。おじさんに怒鳴られ、理不尽な思いにとらわれましたが、あのおじさんにもキレたい事情があったり、実は優しい一面もあるのかもしれない、と妄想していたのが、小説のきっかけとなりました。小説を書きながら、街で見かけた愛すべき変なおじさんたち(電車で猫の鳴きまねをしたり)の言動をメモ帳に書き留めて、何人かは小説に入れさせていただきました。電車のおじさんの背景や事情について考えていくのと、実際の父親の体調の衰えが重なり、おじさんに対する思いも変化していきました。老いや死を少しずつ受け入れながらも、自分の体や心が思い通りにならないことに戸惑っていて、それで感情が不安定になってしまっている姿に、いたわりやねぎらいの気持ちが芽生えました。この姿を見せてくれることで、人生の後輩に何か学ばせてくれているのでしょう。おじさんたちに感謝と尊敬の気持ちを抱いていけば、それが相手にも伝わり、おじさんの心も平和になるかもしれません。今は、街で見かけたおじさんたちが元気でいることを祈るばかりです。そして小説の電車のおじさんも、きっとどこか安全な場所で穏やかに暮らしていることでしょう……。


辛酸なめ子(しんさん・なめこ)
漫画家、コラムニスト、小説家。著書に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』『愛すべき音大生の生態』『女子校礼賛』、他多数。

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電車のおじさん

『電車のおじさん』
著/辛酸なめ子

◎編集者コラム◎ 『警視庁特別捜査係 サン&ムーン』鈴峯紅也
◎編集者コラム◎ 『警視庁特殊潜工班 ファントム』天見宏生