鬼田竜次『煉獄島』

鬼田竜次『煉獄島』

警察小説という名の劇薬


 私は成人してから笑ったことがない。しかし、最終校のチェックを終えると口元が緩んでしまった。「これならば、読者の皆さまを十分にもてなすことが出来る」と。

 警察小説という骨組みは懐が深いが、近年はやや動脈硬化気味ではないかと考えている。相場英雄氏のように、社会問題に裏打ちされた事件を魅力的な人情刑事が解決していく捜査もの、警察内警察の究極の形といえる長岡弘樹氏の作品群――すでに偉大な先人が創作した多様な警察小説の中でどうやって輝きを放てばいいのか? 後塵を拝する立場としては常に考えなければならないテーマだ。

 そんな思いの中書き上げた『煉獄島』は、僭越ながらこれまでにない警察小説になったと自負している。異様な離島を巡る大規模な汚職をなんとか揉み消そうと画策する、SITの谷垣を中心とする警視庁内のクールなパート。一方、SATを解任された中田が赴任先の島で繰り広げる、滅茶苦茶でホットなパート。ふたつの異なる視点が交互に続くことにより、読者の方々を飽きさせることはないはずだ。

 特に、中田が活躍する「天照島」の描写には趣向を凝らした。残念ながら多くの人々はほとんど関心がないようだが、私は旧石器時代や縄文草創期、そこから約1万年続いたと言われる平和な時代に非常に関心がある。通称トーハクで2018年に開催された「縄文――1万年の美の鼓動」では、外国人の姿ばかりが目立ったが、まるでSFの世界に入り込んだかのような数多の遺物をこの目で見てきた。ちなみに、私が前作の賞金で最初に購入した書籍は、当特別展の写真集だった。古本屋で定価の倍の値段だったが、まあ仕方がない。とにかく日本列島と人間の発祥には謎が多く、やりすぎないよう、引かれ過ぎない範囲で、そういった神秘性も上手く組み込めたと思う。人間ドラマ主体の群像ものや、謎解きメインの古典ミステリーなどジャンルを問わず、いわゆる「孤島もの」「島もの」は昔から人気がある。今回創作した天照島も、皆さまの期待を裏切らない奥深い舞台になっていると信じている。

 ラスト、ふたつのパートが触れあって化学反応を起こした時、前作を超える熱が生じてしまった。読み始めたら最後、まるでアーユルヴェーダの秘薬を口にしたかのように、身も心も熱くなることを約束する。

 


鬼田竜次(きだ・りゅうじ)
1974年、神奈川県生まれ。第2回警察小説大賞を受賞した『対極』にて作家デビュー。本作『煉獄島』は受賞第一作である。

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煉獄島

『煉獄島』
著/鬼田竜次

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