遠田潤子『緑陰深きところ』

遠田潤子『緑陰深きところ』

二人の旅が皆様の心に残りますように。


 高校生の頃、文化祭で有志が上映した『真夜中のカーボーイ』を観ました。ダスティン・ホフマンとジョン・ボイト演じる、ダメ男二人の友情を描いたロードムービーの傑作です。私は映画に没入し、ラストにはボロ泣きしました。映画を観てあんなに泣いたのは『砂の器』以来です。

 それからも何本もロードムービーの傑作を観ました。『道』『地獄の逃避行』『パーフェクト・ワールド』などなど、挙げるときりがありません。そして月日が流れ、四十歳を過ぎて小説家になったとき、ふと思いました。よし、いつか自分もロードノベルを書いてやろう、と。

 さて、小説家になったはいいもののさっぱり売れず落ち込んでいた頃、テレビで京都の老舗料亭を紹介する番組を観ました。その際、伊藤博文公の書がちらっと映り、そこには「緑陰深処呼」と書かれていました。その瞬間、ぱっと眼の前が開けて輝くような気がしました。慌てて「緑陰深処呼」を検索し、それが広瀬旭荘の漢詩「夏初遊櫻祠」の一節であることを知りました。そして、思いました。よし、いつか「緑陰深処呼」をタイトルにして物語を作ろう、と。

 そんなごく単純な思いつきの「よし、やろう」が二つ合体してできたのが、今作のロードノベル『緑陰深きところ』です。この物語では、偏屈な老人と金髪の若者が二人で旅をします。どちらも一度は他人を拒み、生きることから逃げ出した人間です。そして、自分ではどうすることもできない秘密と悔恨を抱えています。二人はぶつかったり、笑い合ったりしながらも、なにかに取り憑かれたように旅をします。

 そんな男たちを乗せて運ぶのが、一九六五年に日野自動車から発売された「コンテッサ1300クーペ」です。とても綺麗な車です。取材で乗せてもらったのですが、すごく興奮しました。今の車の快適さはないけれど「美しい工業製品に乗っている」というのが伝わってくるんです。こんな経験ができて「ああ、作家になってよかった」としみじみと思いました。お世話になった皆様、本当にありがとうございました。

 物語の最後、二人は「緑陰深きところ」にたどり着きます。そこには一体なにがあるのか。そこで二人はなにを思うのか。二人の旅の終わりを見届けていただけたら嬉しいです。そして、この二人の旅がいつまでも皆様の心に残りますように、と心から願っております。

 


遠田潤子(とおだ・じゅんこ)
1966年大阪府生まれ。関西大学文学部独逸文学科卒業。2009年「月桃夜」で第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。16年『雪の鉄樹』で本の雑誌増刊『おすすめ文庫王国2017』第1位。20年『銀花の蔵』が第163回直木賞の候補作になる。

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『緑陰深きところ』
著/遠田潤子

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