思い出の味 ◈ 遠田潤子
萩尾望都さんの「ポーの一族」はマンガ史に残る傑作です。宝塚で舞台化されたので、早速観てきました。以来、「ポーの一族」愛が再燃し、ついでに梅干しのことを考えています。
あれは小学校五年生のときでした。友人の家で遊んでいて、食べ物の話になったんです。私は軽い気持ちで「梅干しが好き」と言いました。梅風味っていいよね、くらいのつもりだったんです。すると、友人がその日のおやつに梅干しを出してくれました。
お皿に大粒の梅干しが一つ。お茶もご飯もありません。梅干し単体で出されても困ります。少しひるみました。でも、文句を言うのは失礼です。平気なふりをして口に放り込みました。
一口で後悔しました。メチャクチャ酸っぱい梅干しでした。家で食べているものとは比較になりません。おまけに、しょっぱい。味わうことなどできそうになく、そのまま呑み込むことにしました。 すると、慌てて呑み込んだせいか、梅干しの一部が気管に入ったんです。喉に激痛が走り、思いきりむせました。梅干しって要するに「酸」です。気管に入るとすさまじく痛いんです。私は泣きながら咳き込み続けました。最初は心配してくれた友人も、次第に呆れたような顔になり、しまいには冷たい眼で見るだけになりました。恥ずかしくて苦しくて、家に逃げ帰りたいくらいでした。
その後、ひいひい言いながら、友人の部屋にあった「別冊少女コミック」を読みました。そして、その中にある短編に一目で夢中になりました。意味はよく理解できないのに、とにかく惹きつけられたんです。それが「ポーの一族」との出会いでした。
あれから約四十年。いまだに、梅干しと「ポーの一族」と親友の冷ややかな眼差しは、私の中でワンセットになっています。思い出すたび、口の中に唾が湧いて、その後いたたまれなくなります。とにかくひたすら酸っぱい記憶です。
(「STORY BOX」2018年4月号掲載)