作家を作った言葉〔第4回〕宮内悠介

作家を作った言葉〔第4回〕宮内悠介

 商業ベースに乗っていようがいまいが、作家は作家だしそうでない者は違う。少なくともぼくはそう考えてきた。また、こうも思う。「言葉一つに左右されちゃうのは、それは作家なの?」と。

 が、当然のことながら、人間はこんなふうに一貫できないし、確信は明日の迷いとなる。流れていた音楽は気づけば消える。ぼくの場合は、十年にわたって新人賞の一次選考をも通らなかった。となれば当然弱る。弱れば自信もなくなる。そんなとき支えてくれたのは、友人知人のささやかな、けれど数多ある名句と比べると、凡庸な言葉であったりした。だから誠実にテーマに答えるならば、そういうありふれた言葉の数々がぼくを作ったと言える。あるいは、言葉よりも行動が。ぶっちゃけそういうものだと思う。なので、友達に宮沢賢治がいたとしてみよう。「春と修羅第二集」の「告別」から一節を。

「おまへの素質と力をもってゐるものは/町と村との一万人のなかになら/おそらく五人はあるだらう/それらのひとのどの人もまたどのひとも/五年のあひだにそれを大抵無くすのだ/生活のためにけづられたり/自分でそれをなくすのだ/すべての才や力や材といふものは/ひとにとゞまるものでない/ひとさへひとにとゞまらぬ/云はなかったが/おれは四月はもう学校に居ないのだ/恐らく暗くけはしいみちをあるくだらう/そのあとでおまへのいまのちからがにぶり/きれいな音の正しい調子とその明るさを失って/ふたたび回復できないならば/おれはおまへをもう見ない」

 ぼくがかつてもらってきた言葉を、もし高度に結晶化したとするならば、それはたぶんこういうやつになるんじゃないかと思う。

 


宮内悠介(みやうち・ゆうすけ)
1979年東京都生まれ。早稲田大学卒。2012年『盤上の夜』で日本SF大賞、13年『ヨハネスブルグの天使たち』で日本SF大賞特別賞、17年『彼女がエスパーだったころ』で吉川英治文学新人賞、『カブールの園』で三島由紀夫賞、18年『あとは野となれ大和撫子』で星雲賞(日本長編部門)、20年『遠い他国でひょんと死ぬるや』で芸術選奨新人賞受賞。最新作は『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』。

〈「STORY BOX」2022年4月号掲載〉

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◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第184回