萩谷麻衣子の「幸せになれる離婚の作法」 ~“お金と子ども”の不安を解消します!~【第1回】

さまざまな理由から、「離婚は減っている」とは言い切れない状況にある昨今。しかも、離婚に関連するルールが大きく変わっていることもあり、気をつけなければならないポイントは増えています。そこで、みなさんから寄せられた相談を元に、離婚のルールや損をしないポイント、笑顔で再出発するための要点などを、連載形式で解説していきます。

「3組にひと組が離婚している」といわれる昨今。実際には離婚件数、離婚率とも右肩下がりになっていますが、結婚件数も減少しているため、「離婚は減っている」とは言い切れない状況です。しかも、離婚に関連するルールが大きく変わっていることもあり、気をつけなければならないポイントは増えています。そこで、みなさんから寄せられた相談を元に、離婚のルールや損をしないポイント、笑顔で再出発するための要点などを、連載形式でご紹介していきます。

萩谷麻衣子(はぎや・まいこ)
1988年、慶応義塾大学法学部卒業。2004年に萩谷麻衣子法律事務所を設立。とくに家族問題など生活に密着した法的問題や人権問題、刑事事件に力を入れて取り組んでいる。
テレビ朝日「ワイド!スクランブル」、TBS「Nスタ」などでレギュラーコメンテーターを務めるほか、「ビートたけしのTVタックル」「朝まで生テレビ!」などにも出演。
わかりやすい法律解説や、その知見に基づく社会評論が幅広い支持を集めている。

■相談1

つれない態度を続ける夫に疲れ
元彼とやり直したいのですが……

(神奈川県在住 Y・Iさん)

 32歳の女性です。主人とは8年前に結婚しましたが、子どもはいません。私は子どもが欲しかったのですが、なかなか妊娠せず、病院で調べてもらったら、私と主人双方に原因があることがわかりました。不妊治療は経済的な理由でできないため、奇跡を待とう、と二人で話していました。
 しかし、5年ほど前から夜の生活がまったくなく、それとなく誘っても「疲れてるから」と拒否されます。子どもを授かることができない私が悪いんだ、と自分を責める毎日でしたが、ある日、私の職場(派遣先)で高校時代に付き合っていた男性とばったり再会。仕事終わりに何度か食事をし、悩みを聞いてもらううちに、そういう関係になってしまいました。
 もともと好きだった相手で、主人のつれない態度に「それはひどいな。俺ならそんな悲しい思いはさせない」などと言ってくれるので、いっそ彼とやり直したい、と思うようになりました。
 そこで、思い切って主人に彼の存在を打ち明け、離婚したいと言ってみましたが、あれだけ私に素っ気ない態度を見せていた主人がかたくなに拒否します。このまま婚姻関係を続けていても、まったく意味はないと思うし、人生の無駄だと思うのですが……。

■萩谷弁護士のスッキリ回答!

パートナーに不満があっても
不倫したらあなたの負けです!

不倫の慰謝料は300万円!

 夫につれなくされてさみしい思いをしているところに、素敵な男性が現れて深い仲になってしまった。離婚を切り出したけど、夫が拒否する――というケースですね。女友達に相談すれば、「それは旦那が悪い! あなたは何も悪くないよ」と言ってくれそうですが、法律的にみるとどうでしょうか。
 まず、婚姻関係にある間に配偶者以外の異性と性的関係を持つことは「不貞行為」にあたり、夫から請求されれば慰謝料を支払う義務が発生します。ただ、すでに夫婦関係が破綻していたのであれば、その限りではありません。では、どういうときに不貞行為とみなされるのか、どうすれば夫婦関係の破綻が証明できるのか、簡単に説明していきましょう。
 まず、夫婦には互いに貞操を守る義務があると考えられています。これに反した場合は不貞行為=配偶者に対する不法行為になり、民法709条(※)によって損害を賠償する責任を負います。不貞が原因で離婚に至った場合に、不貞をした配偶者、つまりあなたと不貞相手が共同で不法行為責任を負うことになり、夫から請求されれば損害賠償として慰謝料を支払わなければなりません。
「慰謝料は男性(夫)が払い、女性は受け取るもの」と勘違いしている人もいるようですが、そんなことはありません。収入の多寡によって慰謝料の額が変わってくる可能性はありますが、基本的に不法行為によって損害を与えた人(この場合はあなた)が、損害を受けた人(夫)に支払うもので、男女に差はありません。

 不貞をして離婚に至った場合、不貞相手が夫とあなたに支払うべき慰謝料の相場は、合計300万円くらい。仮に不貞相手が100万円を支払えば、あなたは150万~200万円くらいを夫に支払うことになります。

 あなたと夫が離婚せずに、夫があなたと不貞相手に慰謝料を請求した場合は、認められる慰謝料の額は離婚した場合より低く、合計で100万~200万円くらいになるでしょう。
 といっても、ここに上げた金額はあくまでも一般的な相場にすぎません。実際の判例でも事情によって慰謝料額はかなり変わってきます。
 たとえば、未成年の子どもが4人いて教育費もかかる時期に、夫が何年も不貞行為をしていたあげく離婚に至ったケースでは、相場より高い600万円の慰謝料が認められたケースがあります。反対に、不貞関係が1回だけで継続的なものではなく、夫婦間にも問題があって離婚した場合(子どもの進路などで以前から言い争いが絶えなかった、など)に、裁判所が認めた慰謝料額が相場の半分以下の80万円だったケースもあります。

セックスレスを理由に離婚できる?

 さて、慰謝料の支払義務が発生するのは、夫婦関係が破綻していないのに他の異性と性的関係を持った場合です。夫婦関係がすでに破綻しているのであれば、他の異性と性的関係を持っても不貞行為にはならず慰謝料の支払義務はありません。この場合の不倫は、配偶者に対する背信行為とはいえないからです。
 では、あなたの場合はどうでしょうか。あなたが夫に対して離婚を求めた場合に、夫が離婚を拒否して慰謝料を求めてきた場合は、どうなるのでしょうか。
「5年ほど前から夜の生活がまったくなく、誘っても拒否されていた」ということですが、それが事実なら、あなたが不貞をする以前にすでに民法770条1項5号の「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当していた可能性があります。最高裁でもセックスレスが離婚の事由になり得るという判断が示されています(最高裁昭和37[1962]年2月6日判決)。
 ただし、性交渉が一定期間なかったら即離婚できるということではありません。先の最高裁の事例では、結婚当初から別居までの約1年半の間セックスレスで夫が妻に終始関わろうとしなかったなどの事情がありました。他のセックスレスを離婚原因として認めた判決も、性交渉がなかったことに加えて、暴力・暴言があったり、夫婦で話し合って子どもを作ろうと合意をしたのに性交渉を数年に及び拒否され続けたなど、セックスレスに伴い相手に対して相当な苦痛を与えたと認められる場合に離婚原因として認定しています。
 でも、ご相談内容から判断する限り、残念ながらあなたの主張を裏付けるものは何もありません。あなたが「5年ほど前からセックスレス状態だった」と言い張っても、夫が否定すればそれまでです。あなたは「正当な理由もなく夫から性交渉を拒否し続けられた」ことを証明しなければならないのですが、夫から「拒否したこともあったけれど、とても疲れていたからだ」と反論されれば、裁判官は「それはやむを得ない」と判断する可能性は高いと思います。
 あなたの場合は「夫婦関係がまだ破綻していない状態で、あなたが他の男性と不貞関係になった」と判断される可能性が高いでしょう。あなたは不貞行為を夫に打ち明けたとのことなので、それを録音されていたり、不貞を打ち明けたメールやLINEが残っていたりすれば、夫が慰謝料を請求した場合、免れることは難しいと思います。

 夫婦の一方が不貞行為を認めていたり、もう一方が相手の不貞行為の証拠(録音、メール、LINE、探偵の調査結果など)を持っている場合、不貞行為をしたほうは「有責配偶者」と見なされます。今回のケースではあなたが有責配偶者になりますが、有責配偶者からの離婚請求は原則として認められません。あなたは離婚を望んでいるようですが、夫が話し合いでの離婚を拒否した場合、離婚することはできないのです。

 例外的に離婚請求が認められるケースもありますが、それには以下の3つの要件を満たす必要があります(最高裁昭和62[1987]年9月2日判決)。

①長期間別居状態が続き夫婦関係が破綻している状態であること
②未成熟子(親から独立して生計を営むことが困難な子)がいないこと
③離婚により相手方配偶者が精神的・経済的に困窮する状態にならないこと

 あなたの場合、②と③については問題がないとすると、①の「長期間の別居状態」がポイントになります。「別れたい、別れたい」と思いつつ過ごす日々は、1ヵ月でも1年以上に感じられるかもしれませんが、別居期間が数ヵ月だけで「夫婦関係の破綻」が認定されることはまずありません。結婚期間の長さや、別居中の事情にもよりますが、有責配偶者からの離婚申し立てが認められるには、一般的にいって10年間くらいの別居を覚悟する必要があります
 ただし、あなたの場合、未成熟子がいないことや、不貞行為をしてしまったとはいえ、悪質性が強いとはいえないことなどから、夫が離婚しても経済的に困らない状況なのであれば、別居期間が5~6年くらいでも離婚が認められる可能性はあると思います。
 あなたと不倫相手は、その期間、待てるでしょうか? 夫とやり直せる可能性は本当にないのでしょうか?

不倫の前にまず別居すべきだった

 この相談者のように、配偶者と離婚するため「私にはほかに交際している人がいます」ともう一方の配偶者に告白する人は珍しくありません。そうすれば、ショックを受けた配偶者があっさりと離婚に応じてくれるに違いない、と考えるからです。
 たしかに、激怒した配偶者のほうから「離婚だ!」と言い出す可能性はありますが、同時に数百万円もの慰謝料を請求される可能性も高いことを、肝に銘じておくべきでしょう。しかも、離婚後に一緒になりたいと考えていた相手は、あなたが思い描いていたような人物ではなかった――というのもよくあるパターンです。こうなると、泣き面に蜂どころではありません。
 どうしても離婚したいと考えているのなら、不貞などせずにまず別居を考えるべきでしょう。別居期間が長くなればなるほど、「夫婦関係の破綻」を証明できる可能性が強まるからです。
 別居したら生活するお金に困るということなら、通常は夫に対し「婚姻費用」を請求することができます。細かい話はまたの機会に譲りますが、婚姻費用とは、夫婦と未成熟子が生活を維持するために必要な費用のことで、同居・別居にかかわらず、夫婦のうち収入の高いほうから低いほうに支払われるものです。
 ただし、それはあなたが有責配偶者ではない場合の話。今回の場合、有責配偶者であるあなたは、夫に対して婚姻費用を請求することはできません。つまりあなたは、離婚もすぐにはできないし、別居しても婚姻費用がもらえないのです。
 不貞行為の代償はこのようにとても大きいものです。配偶者に対して不満不平があるからといって、安易に不貞行為に走ることは、私は慎むべきだと思います。

※第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 ※この連載では、なかなか相談しにくい離婚に関する悩みや相談をお受けしております。
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初出:P+D MAGAZINE(2022/03/28)

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