【最後の私小説家】西村賢太のおすすめ作品4選

2022年2月に急逝した小説家の西村賢太。「最後の私小説家」とも呼ばれた西村は、自身をモデルとした男を主人公とする小説作品を数多く残しました。芥川賞受賞作の『苦役列車』のほか、西村のおすすめの小説・随筆を4作品ご紹介します。

日雇い労働者である“北町貫多”を主人公とする一連の私小説作品で注目を集め、その破天荒でありながらも憎めないキャラクターで多くの読者に愛されていた作家・西村賢太。2022年2月に急逝した際には、幅広い読者からその死を惜しむ声が集まりました。
「最後の私小説家」とも呼ばれた西村の作品は、自身の生い立ちや暮らしの苦しさ、やるせなさを露悪的にさらけ出す、現代ではほとんど見られないようなスタイルで書かれています。今回は、そんな西村賢太の作品を初めて読む方に向け、おすすめの小説・随筆を4作品ご紹介します。

『苦役列車』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B0096PE358/

『苦役列車』は、2010年に発表された西村の代表作のひとつです。西村は本作で第144回芥川賞を受賞しました。「そろそろ風俗に行こうかなと思っていた」という西村の受賞時のコメントで、当時のことを記憶している方も多いかもしれません。

本作の主人公は、西村作品に共通する登場人物で、作者の分身のようなキャラクターである北町貫多。中学卒業以来、“日雇いの港湾人足仕事”で生計を立てている貫多は、各地で家賃を滞納し家を転々としながらも、その日暮らしの怠惰な生活を続けていました。

日雇いで得た金で安酒を飲むことだけを日々の楽しみにしている貫多は、ふとしたときに「どうして自分には友人も恋人もいないのだろう」と考えることがありました。幼い頃から暴力的であることに加え、ひどい人見知りでもある自分に友達がいないのは当然だと思いつつも、時折、友人が一人でもいれば、必要なときにいつでも数百円の金なら貸してくれるのにと悔しく思うのでした。

そんな貫多はある日、日雇いの荷役会社に向かうマイクロバスの中で、自分と同学年の好青年・日下部正二に出会います。はじめは日下部のコミュニケーション力の高さにドギマギしていた貫多ですが、しだいに日下部と仲良くなり、いつしか酒を酌み交わす仲になっていきます。趣味である風俗に日下部を付き合わせて先輩風を吹かせてみたりと、貫多は日下部のことが気に入っていました。

しかし、あるとき荷役会社のなかで、フォークリフトから落下した日雇い仲間が、足の指を切断するほどの大事故を起こしてしまいます。その話を聞き、上司から提案されていたフォークリフト免許の試験を受けることを断念した貫多。一方で日下部は試験を受けて免許を取得し、同じ日雇いでありながらも、貫多と日下部の間に待遇の差が見られるようになります。自分よりも日当が高い上、交通費が支給されている日下部に嫉妬する貫多。その嫉妬やみじめさが爆発したのは、彼に頼み込んで会わせてもらった日下部の恋人と貫多の3人で野球観戦をした日の帰り道でした。貫多は才女である日下部の恋人・美奈子を一方的に「15点」と内心で点数付けしながらも、劣等感を募らせていきます。

美奈子が上北沢のワンルームに住んでいると聞けば、「出たぜ。田舎者は本当に、ムヤミと世田谷に住みたがるよな」と絡み、

“更には美奈子を日下部に倣って、美奈ちゃんなぞ慣れ慣れしく呼んだ上で、
「週一でしかこいつと会ってないんじゃ、やっぱりあれか。もっぱら、オナニーかい? オナニー、なのかい? どうなんだ」”

と、挙げ句の果てにはこんな発言で、日下部からもほとんど縁を切られてしまうのです。

貫多は、この世のことを“ひどく味気なくって息苦しい、一個の苦役の従事”と形容します。本作は、その“苦役”の重々しさ、逃れることの難しさを綴った作品でありながらも、同時に、貫多の卑屈でコミカルなキャラクターや小気味のいい文体を読者に堪能させる、一流のエンターテインメント小説でもあるのです。物語の最初から最後まで“西村賢太節”が体感できる、傑作です。

『小銭をかぞえる』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B009DEDQXM/

『小銭をかぞえる』は、2008年発表の短編小説です。西村の他作品と同じく私小説の系譜に連なる作品ですが、本作は“私”という男の一人称の視点で物語が進みます。

本作の主人公は、『苦役列車』以上に、短気で暴力的な男として描かれています。主人公は「幻の私小説作家」と謳われる大正期の小説家・藤澤清造全集の自費刊行を目指して奮闘しているものの、印刷会社への入金が遅れそうになり、焦っています。男は、かつて日雇い労働の現場で出会い、現在は地方で郵便局員をしている山志名という知人を頼って50万円を借りようと思い立ちます。

“彼は私と同い年ながら、九州の親元から少なからぬ仕送りをもらい、何かの専門学校に通っているとのことで、その知力や容姿、生活環境等、すべての点で私よりも恵まれているのがはな気に食わなかった憶えがある。が、(中略)彼が随分と温和で善良な性質の上、元水泳部員のスポーツマンらしい、ひどくサッパリした気性の持ち主であることがわかり、またそうした男の常で、生来根が暗鬱で、嫉みと猜疑のこり塊まりみたいにできてる陰性の私とも、先方の方で親しくなれる特性を発揮してくれ、やがて連れ立っての帰り途には飲み屋にも寄ってゆく仲となり、いっときなぞはかなり頻繁にあちらこちらと遊びにも行ったものだった。”

“しかしそうなると、先にも言ったように元来友人が少なく、加えて大の寂しがりにできてる私は、そんな彼のことをなにか自分の無二の親友であるかのような錯覚を起こし、次第に殆ど毎晩のようにうるさく酒を誘い、(中略)一万円程度の借金を度々申し込んだり、山志名の恋人との面会を強要したり、はてはその恋人の友達を紹介してくれるようネチネチと懇願したりなぞもしたものだが、当然、そうした私の愛情乞食的な振舞いは山志名たちから疎まれていったようで、だんだんと先方から距離をおかれるようなかたちを取られ、結句は彼の自慢話にたまさか出ていた、その合コンと云うのに一度も声をかけてもらえなかったし、直後に一緒になったものらしいその恋人との、多分友人知人も招いて挙行したであろう結婚式的なものにも、ついぞ呼んではもらえなかった。”

山志名に疎まれ、距離を置かれていることを薄々自覚している男。先に連絡を入れてはおそらく会ってもらえないだろうと考えた男は、電車を乗り継ぎ、ワンカップ酒を2杯飲んで理性や羞恥心を忘れた上で山志名に会いに行きます。しかし、頼みを断られると、男は「同棲している女が妊娠しており、その出産費用が足りない」と嘘をつきます。人のよさゆえに、「そういう事情があったんなら」と1万円を貸そうとする山志名。ところが、男は1万円では足りないとさらに金を要求するばかりか、山志名の「俺は自分の妻子を守るために、毎日死にものぐるいで働いてるんだぞ」という発言に一方的に腹を立て、

“「うるせえ、この野郎! そう思うんなら女房に客とらしてでも金を作って持ってこい! どうであのインテリ気取りの糞ブスなんざ、鶯谷辺りのラブホに出たり入ったりしてるのがお似合いだろうぜ。娘もそのうち、小遣い欲しさにそれに倣うだろうよ。それからぼくに子供ができたなんて、ありゃ全部大嘘だ。てめえみたような馬鹿じゃあるめえし、餓鬼の為に人生棒にふってたまるか!」”

と、捨て台詞を吐くのです。

物語の後半では、男の言動・行動は更にエスカレートしていきます。同棲している女の両親から金を借りた上で女を罵倒したり、印刷会社への入金は実は30万円の約束であったことが判明し、余分に手に入れた20万円で豪勢な食事を楽しもうとするなど、とにかくやりたい放題なのです。本作の主人公は非常に卑劣な人物として書かれていますが、西村特有の戯画的な筆致とリズム感のある文体によって、スルスルと読み進められてしまう不思議な魅力があります。

『瓦礫の死角』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B0827TDYTP/

『瓦礫の死角』は、西村が2019年に発表した短編小説集です。本書には『苦役列車』と同じく北町貫多を主人公とした短編、『瓦礫の死角』『病院裏に埋める』のほか、彼が私淑している小説家・藤澤清造の作品をめぐる『四冊目の『根津権現裏』』、意外な結末が心地よい意欲作『崩折れるにはまだ早い』が収録されています。

表題作の『瓦礫の死角』は、貫多が17歳の頃のエピソードです。中学を卒業し、安宿でひとり暮らしをしつつ洋食屋で働いていた貫多。宿の室料の未払いが続き、さらに洋食屋の店主についた悪態がきっかけとなって仕事をやめさせられた貫多は、中学生の頃まで母と姉と一緒に住んでいた、町田市のアパートに戻ってきたばかりです。

かつて貫多が振るった暴力や暴言のせいで、母との関係は破綻しています。姉の舞はそんな家族に見切りをつけ、すこし前に失踪してしまっていました。母とふたりきりとなり、本来は居心地の悪いはずのそのアパートも、それまであまりにも貧しい暮らしをしていた貫多にとっては天国のような場所でした。貫多は「早く出ていってよ」と怯える母・克子の言葉を無視しながら、働いて稼いだわずかばかりのお金を使い、中華の出前を1日に何度もとって缶ビールと一緒に味わうという、怠惰な暮らしを続けています。克子とのコミュニケーションはなく、時折たばこや酒が切れると「お金はてめえが出しておけ」と言って買い物に行かせるだけでした。

しかしある日、仕事から帰ってきた克子の様子が普段とあきらかに違うことに気づいた貫多は、柄にもなく彼女を気遣います。話を聞けば、克子は服役中の元夫が出所してくる時期がそろそろであることを恐れている、というのです。貫多の父は数年前に性犯罪で実刑判決を受け、7年間、刑務所で暮らしているはずでした。

「出所してきたら、何があってもわたしたちを探そうとしてくるわよ」と恐ろしげに語る克子に、貫多はかけてやれる言葉がありません。そして、卑劣な罪を犯した者の加害者家族であることの重みを噛みしめます。

“無論、最大の難を受けたのは被害に遭われたかたなのだが、一面に於いては克子は滅多に当たらぬ貧乏籤を引いてしまったとの見方もできるやもしれぬ。”

“ただでさえ厄介であるはずの人生に、本来は背負う必要のなかった重いものを、何故か余計に負うていかなければならないのである。”

本作で綴られているのは、加害者家族が“最低限の社会生活”を送ることも許されず、罪や恥の意識、さらには加害者が出所してくるという恐怖に苛まれ続ける苦しい現実です。暴力や暴言のシーンを戯画的に描く西村の普段の傾向は陰に潜み、貧困家庭や破綻した家族の描写が強いリアリティとともに描かれています。

『一私小説書きの日乗』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/B00OQ1ISZS/

『一私小説書きの日乗』は、西村賢太による数行の日記をまとめた随筆集です。内容は基本的に、簡潔な文体でその日の西村の行動や食事を綴っただけのもの。しかし、読みながら思わず笑いが漏れてしまうような独特のチャーミングさを持っています。たとえば、ある日の日記には、

“午後七時、『マトグロッソ』の山口氏と新宿紀伊国屋前で待ち合わせる。
少し早目に着いたので、書店の二階に上がると、文庫売場の一画で「男の告白フェア」なるものをやっており、自分の豚みたいな顔写真を貼ったパネルも掲げられている。よく見ると、何んだかダメ人間作家のランキングのようなもの。四位が太宰、三位が漱石、二位が田山花袋で、一位が自分となっている。記念に、そのフェアの帯が巻いてある自著文庫を各点買っておく。
一寸した連絡の行き違いで、先般、電話で罵倒した山口氏(女性)に一杯奢り、氏からは霧島豚の角煮の缶詰を貰って、ひとまずの和解。
帰宅後、藤志楼「鰻の幇間」「黄金の大黒」のCDで、宝三分の一本。”

とあります。また、別の日には、

“宝酒造より「純」四ケースが届く。
先般、毎日新聞でのインタビュー中で、晩酌に「純」を愛飲している旨述べたところ、同社がプレゼントして下さることになった。
この手の話は、タレントなぞが自慢気に語っているのをテレビで眺めたことはあるが、まさか自分の身にもそれが起ころうとは思いもよらなかった。
これまでも自分は、実際に平生愛飲しているだけに、「宝焼酎」や「純」の語は、小説、随筆を問わず、自らの文中に何度となく書き込んでいる。
思えば四半世紀以上にも及ぶつきあいで、十七、八の頃にはいっときだけ、松田優作がテレビCMを始めた、キッコーマンの「トライアングル」に宗旨替えをしたこともあったが、やはりすぐと「純」乃至「宝」に戻ってこざるを得なかった。(中略)
拙作中で、主人公が酔って暴力に及ぶ際に飲んでいるのは“冷酒”であるから、自分をしてこの贈り物を受けるに、何んら疚しいところはない。”

と、綴っています。仕事の時間以外はつまみを片手に甲類焼酎を飲んでばかり、という異色の日記ですが、それでも飽きずに最後まで読めてしまうのは、ひとえに西村の文章の力です。江戸落語のような心地のよいリズムで綴られる赤裸々な日記は、つい声に出して読みたくなるような魅力を持っています。

おわりに

西村の作品の多くは露悪的で、顔をしかめたくなるような描写がある作品も多数存在します。しかし、どれほど絶望的で悲惨な状況の作品であれ、西村の小説には、思わず笑ってしまうような情けなさ、いじらしさが垣間見られるのです。

自身の胸中を、醜さや意地汚さも一切隠さず作品にしたてあげる西村のような小説家は、もうこの先の時代に出てこないかもしれない、と思わされます。『苦役列車』以外の代表作を知らないという方もぜひ、この稀有な私小説家の作品を読んでみてください。

初出:P+D MAGAZINE(2022/03/28)

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