伊吹亜門『帝国妖人伝』

伊吹亜門『帝国妖人伝』

恋文がわりの妖人伝


 ミステリの醍醐味は意表を衝かれることだと思っています。明かされた真相に思わず「あっ、そうか!」と膝を打ってしまうその瞬間のために、私は推理小説を読んでいると云っても過言ではありません。とにかく驚かされたいのです。予想外の方向から、思いもかけずに殴られたいのです。

 ミステリでは驚かし方にも色々と種類があります。世界をひっくり返すような叙述トリックは勿論のこと、驚天動地の大トリック、刃の先を渡るが如き繊細なロジック、張り巡らされた伏線回収の手捌き、そして何より、理解し難いけれど納得せざるを得ない意外な動機など。そもそも私がミステリに淫したきっかけは、『日本探偵小説全集9 横溝正史集』(東京創元社)でした。その巻頭「鬼火」という作品で本格ミステリの面白さを知り、以降今日に至るまでいち読者として、また書き手としても至高のミステリを求め続けている訳ですが、私の受けた衝撃はそれだけではありませんでした。

 同書には、終戦直後の東京・市ヶ谷八幡を舞台に不可解な毒死事件を描いた「百日紅の下にて」という短編が収録されています。ネタを割らぬため詳しい言及は避けますが、本作は、終盤で史実の交差とでも云うべき或る事実を紹介してその物語を閉じています。

 目から鱗が落ちるというのは、まさにあのような時を云うのでしょう。世の中にはこんな驚かし方もあるのかと私の胸は常になく高鳴り、もっとこんな仕掛けを味わってみたいと強く思いました。それゆえ中学や高校、大学に入ってからも古今東西のミステリを読み耽り、そうして私は漸く山田風太郎という存在に辿り着いたのです。

 歴史上有名なあの人物とあの人物が、もしかしたら若い頃に擦れ違っていたかも知れない。あの歴史的事件には、実はこんな裏側があったのかも知れない。一見何の関わりもないとされている歴史上の出来事や人物を、独創的な挿話で史実的矛盾なく繋ぎ合わせてみせるその技法に、私はたちまち魅了されました。『斬奸状は馬車に乗って』、『警視庁草紙』、『幻燈辻馬車』、『地の果ての獄』、『明治断頭台』、『明治波濤歌』、『エドの舞踏会』、『ラスプーチンが来た』、『明治十手架』など所謂明治ものと呼ばれるそれらの作品は、今も変わらぬ私のバイブルです。

 しかし人間とは欲深い生き物で、こんな物語を読みたいという私の思いは、いつしか、こんな物語を書いてみたいという願望に変わっていきました――。

 さて、前置きばかり長くなりましたが、本作『帝国妖人伝』は、そのような史実の交差に対する私の想いを存分に詰め込んだミステリの連作短編集になっています。

 明治四年生まれの小説家、那珂川二坊を主人公に、明治中期から終戦直後までに那珂川が出くわした五つの事件を綴っています。

 或る時は当事者として、また或る時は不本意ながら巻き込まれる形で那珂川は事件に臨むのですが、本作ではそれらの謎を解く探偵役が五作全てで異なっています。それこそ題名にも掲げた大日本帝国の妖人たち、明治・大正・昭和の歴史に、良くも悪くも名を刻んだ人々なのです。

 大日本帝国の隆盛と衰亡を遍く体験した、売れないけれども書かずにはいられない根っからの小説家、那珂川二坊と、もしかしたらあったのかも知れない偉人たちの妖しい物語をお楽しみ下さい。

 


伊吹亜門(いぶき・あもん)
1991年愛知県生まれ。同志社大学卒。2011年「監獄舎の殺人」で第12回ミステリーズ!新人賞を受賞、2018年に同作を連作化した『刀と傘』でデビュー。同書で第19回本格ミステリ大賞を受賞。他の著書に『雨と短銃』『幻月と探偵』『京都陰陽寮謎解き滅妖帖』『焔と雪 京都探偵物語』がある。

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