長月天音『ほどなく、お別れです 遠くの空へ』

遠くにいても、あの人を想う
前作『ほどなく、お別れです 思い出の箱』の刊行から、およそ3年半が経ちました。
葬儀場・坂東会館を舞台に、主人公・清水美空の成長を描いてきましたが、今や彼女も新人ではなく、久しぶりに再会した彼女と私はどこかぎこちなく、悩みながら今作を書き進めていくことになりました。
ただ、葬儀場を舞台にした物語を書いてきて、無視できない出来事がありました。コロナ禍です。
2020年の春に緊急事態宣言が出され、2023年5月に新型コロナウィルスが「5類感染症」に分類されるまでがコロナ禍と呼ばれるようですが、振り返ってみれば今からほんの少し前の出来事です。ですが、すでに私たちの生活はほぼ元通りになり(以前よりもあらゆる感染症に敏感になりましたが)、あの頃の逼迫した空気や閉塞感は忘れ去られようとしています。
嫌な記憶、つらい記憶から目を背けたいのが人間であり、それを乗り越えていく力をもっているのも人間です。だからこそ「ほどなく、お別れです」では、大切な人を失くした人々が再び前を向いて歩き出す姿を描いてきました。
でも、なかったことにはできない「事実」がそこにはあります。
コロナ禍を経て変わったことはたくさんあります。様々な価値観が覆されたあの頃、物語の舞台である葬儀の業界も変わらざるを得ませんでした。
当時の葬儀の在り方については、たびたびニュースや新聞でも取り上げられ、「別れのかたち」に思いを巡らせた方々も多かったのではないでしょうか。
前作を執筆したのはまさにコロナ禍であり、日々発表される感染者数や死者数に衝撃を受けながらも、あの頃は当時を背景とした物語を書くことができませんでした。踏み込む勇気がなかったとも言えます。
しかし、葬儀場の物語を書く以上、避けるわけにはいかないとも思っていました。
そして、コロナ禍が落ち着いた頃、葬儀社さんに取材をさせていただき、あらゆる工夫や配慮が必要とされた当時のお話を伺うことができました。
今作も主人公の成長物語です。年齢に関係なく成長することができるというのは、私が強く信じていることでもあります。
コロナ禍の葬儀場というよりも、コロナ禍となって、より強く意識した人と人との繋がりや、実際に会って触れ合うことの大切さに今作の重点を置きました。
閉塞感の残る日々の中、坂東会館の人々はどう奔走したのか、主人公はどんな成長を遂げるのか、ぜひ見届けて楽しんでいただけましたら幸いです。
長月天音(ながつき・あまね)
1977年、新潟県生まれ。大正大学文学部卒業。「ほどなく、お別れです」で第19回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。『ほどなく、お別れです』シリーズの他、『私が愛した余命探偵』『明日の私の見つけ方』『ただいま、お酒は出せません!』『たい焼き・雑貨 銀座ちぐさ百貨店』、『神楽坂スパイス・ボックス』『キッチン常夜灯』シリーズ等著書多数。






