ニホンゴ「再定義」 第10回「ワンチャン」

ニホンゴ「再定義」第10回

 当連載は、日本在住15年の職業はドイツ人ことマライ・メントラインさんが、日常のなかで気になる言葉を収集する新感覚日本語エッセイです。 


名詞「 ワンチャン 」

 ワンチャンとは2020年前後に日本社会に拡散したスラングだ。「ワンチャンス」の略であり、用法としては「ワンチャンいけるっしょ」などが一般的といえる。論理的に考えれば「あわよくば」と完全互換できそうな語にも見えるが、実際の使用状況を観察すると両者には微妙かつ文化的に興味深いニュアンスの相違があり、何気にそこが心理的なツボだったりする。

「あわよくば」の場合、徹頭徹尾、実現可能性は低いものとして認識される。しかし「ワンチャンいけるっしょ」の場合、そこには「実現可能性は低い」ままながら「必勝」じみた意志が込められる傾向がある。言い換えれば「もし、すべてのプロセスでこちらの狙いどおりにコトが進めば」いけるっしょ、という感じだろうか。

 この雰囲気を体現した歴史的情景としては、たとえば

真珠湾奇襲作戦を検討している真っ最中の大日本帝国海軍首脳部

が挙げられるだろう。つまり、

・そんなんやれるの? えーちょっとマジで超キビしくね?
 ↓
・やらねばならんのだ!やるしかない!
 ↓
・確かに、もしすべてのダンドリが上手くいけば…
 ↓
・えーそんな楽観的見通しはNGっしょ。
 ↓
・訓練に制限なし!訓練で練度を上げれば「上手くいけば」を「確実」にできる!
 ↓
・やらねばならんのだ!やるしかない!
 ↓
・…じゃあ、論理的にも「いける」ということで。

という流れである。これぞ、蓋然性にあれこれ問題を抱えながら何故か必勝というゴールが設定されてしまう「ワンチャン主義」の素敵な実例といえよう。もちろん「いや真珠湾攻撃には周到な思考と準備と蓋然性があったので、あの成果はラッキーではなく必然である!」という真摯な反論もぜんぜんアリだろうけど、コレは観念的な喩え話なので、今回はそういう読み方をしといてください。よろしくお願いします。

 ちなみにポーランド侵攻直前のドイツ国防軍首脳部をめぐってもおそらく同様の情景が存在したと思われるが、あっちについてはアドルフ・ヒトラーの超絶信念というワイルドカード的な強力要素が無視できないので、この文脈でダイレクト使用するにはイマイチだったりするのだ。

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