田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第14回

田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」

「すべてのまちに本屋を」
本と読者の未来のために、奔走する日々を綴るエッセイ


 年が明けて最初ということで、本年も「読書の時間 未来読書研究所日記」をどうぞよろしくお願い致します。
 2024年が出版界にとって明るい一年となりますように。

 
 出版業界についての実績が公表される11月、12月は、僕にとって気になる数字の推移を定点観測する季節となっている。

 昨年11月10日には、日本出版販売株式会社(以下、日販という)の『出版物販売額の実態』最新版(2023年版)が発売された。出版市場の現状を把握するための統計資料として、日販が毎年電子版(PDF版)で発行していたが、データ活用の要望が多いことを理由に、今年からより汎用性の高い Excel 版での発行となった。類似の出版系の販売額に関する実態分析調査が相次いで廃止されたこともあり、日販の『出版物販売額の実態』は個人的に大変重宝しており、今後も調査を継続し発表し続けていただきたい。

 以下は、日販のニュースリリース「『出版物販売額の実態 2023』『書店経営指標 2023年版』発行のご案内」に記載されている資料概要である。
 

■資料概要
「出版物販売額の実態 2023」
 本書は1974年から毎年発行しているもので、出版物がどのような販売ルートをたどって読者のもとに届いているかを調査したルート別の販売額や、都市別の年間販売額などを推定算出した資料です。内容の詳細は下記の通りです。
 
1.販売額の実態
 2022年度の書店ルートの推定販売額は8,157億円(前年比97.8%)。書店店舗数は8,169店(前年比94.5%)となりました。
 
2.タッチポイント別 市場規模
 インターネットルートでの推定販売額は2,872億円(前年比102.3%)。電子出版物の推定販売額は6,670億円(前年比117.1%)となりました。

 

『出版物販売額の実態』で、毎年とくに注目して推移を追いかけている調査がある。それは「タッチポイント別 市場規模の構成比」である。

 現在、読者が本と出合う場所は多様化している。その読者が本と触れ合う接点をタッチポイントと定義し、それぞれの市場規模をまとめているのが「タッチポイント別 市場規模構成比」調査である。

 タッチポイントは、「書店」「CVS(コンビニエンスストア)」「インターネット」「その他店舗」「出版社直販」「電子出版物」「図書館」「教科書」の8つに分類されている。その他店舗は、大学生協や駅、スーパー・ドラッグストア等のスタンド店を指している。本連載第12回で書いた書店二次卸スキームの崩壊の影響はこの数字に大きく影響してくる。全体の構成比としては小さいが、通勤・通学、そして本屋以外で何気なく本を手にする場所として、生活者が身近に、意図せず本と出合う場所としての役割が「その他店舗」群にはあった。5年前と比較するとじつに66%と減少しており、書店ルートの86%と比較しても落ち込みが大きいことが分かる。

大きな出版業界と小さな出版界隈

 同じく本連載第12回で触れた「小さな出版界隈」の活況は、関係人口は飛躍的に増えているが、新刊本の販売額の増加は、「その他店舗」群の減少額を穴埋めするまでには至っていないのが現状である。やはり、書店二次卸スキームの崩壊の影響は今後も響いてくることが予想される。「大きな出版業界」の商習慣を打破し、まったく新しい発想で本とのタッチポイントづくりを創造する新規参入組が現れることを切に願いつつ、「大きな出版業界」の凝り固まった商習慣の変革を強く望んでいる。

 2023年は、株式会社トーハンが無人営業化ソリューション「MUJIN書店」の実証実験を開始し導入店舗拡大に向けた動きを進めている。日販も完全無人化書店「ほんたす ためいけ」を東京メトロ溜池山王駅構内にオープンするなど、次世代型書店モデルの創出に取り組みが進んだ一年でもあった。現在営業しているまちの書店向けの新たな運営サポート施策としての「MUJIN書店」と、これまでとは違う生活者と本とのリアルなタッチポイントを創り出すための施策としての「ほんたす」。同じ無人書店でも狙いが大きく異なっている。「書店支援戦略」と「新市場開拓戦略」、ここにトーハンと日販の今後の方針の違いを見出すことができる。

 新しい書店のかたちとして注目されているシェア型書店(シェア型本屋、棚貸本屋などとも呼ばれる)は、複数人に棚や区画を分けて貸し出し、それぞれの棚主が選書・納品し、共同で運営するかたちの書店である。書店をやってみたいという想いを抱いている方が多い中、開業のハードルを下げたシェア型書店での書店参入が急激に増えたのも2023年のトピックスと言っていいだろう。開店費用を抑制することができ、本の販売での収益ではなく、不動産ビジネスの要素が強いシェア型書店は、収益化を見込めることがポイントとなっている。何より、売買だけではない本の可能性を追究し、本に寄り添うコミュニティビジネスとしての側面が強いのが特徴で、そこに魅力を感じている方々が多いこともあり、今後もシェア型書店モデルでの新規参入が増えていくのではないかと思われる。

 ここに新刊本を供給できるスキームをどのように組み立てることができるか、既存のリアル書店との連携の可能性はあるのか、今後は、そんな視点でシェア型書店について考えてみたい。

 
 話を戻そう。

 今回の『出版物販売額の実態 2023』によると、調査開始からはじめて、リアル経由とインターネット経由の出版物の販売額が逆転した。日常の出版物の購買動向におけるリアル経由とインターネット経由の逆転は、予想されていたものとはいえ、リアル経由の販売額が再び上向く兆しが見えない状況であることから、時代の大きな転換点と言わざるを得ないのではないだろうか。

 インターネット経由には、ネット通販ルートによる出版物の販売額と電子書籍ルートの販売額が含まれる。リアル経由は、書店ルートおよびCVSルート、駅や生協などのルートでの販売額となっている。ネット通販ルートによる出版物の販売額は前年比102%と微増となっているが、電子書籍ルートの販売額は前年比117%と伸張しており、全体の構成比でも30%を占めるまで成長している。書店ルートは、前年比97.7%と踏みとどまっているが、5年前と比較すると86.2%となっている。もっとも下げ幅が大きかったのがCVSルートで、前年比で79.5%、5年前と比較するとじつに64.5%となっている。

 2023年は、CVSルートについては大きな動きがあった年でもあった。CVSルートの売上の大幅な減少と5割を超える返品率により赤字を抱えていた日販がコンビニ雑誌の配送からの撤退を決断し、トーハンが引き継ぐ方向で協議が進められていることが発表された(2025年2月を予定)。コンビニへの雑誌配送は、近隣書店への出版物配送を兼ねることが多い。書店への配送だけでは経費が上がってしまうこともあり、コンビニに雑誌を配送できなくなれば、書店への出版物の配送網も維持できなくなる可能性もある。雑誌を中心とした出版社は危機感を募らせていることも事実であるが、雑誌中心の出版物流の歪が表面化した今こそ、書籍を中心とした新たな出版物流を構築することが急務だろう。

 先ほど、リアル経由とインターネット経由の出版物の販売額が逆転したと書いたが、それはあくまでも日常の出版物の購買動向、いわゆる書店店売経由とインターネット経由との比較である。書店は、大きく分けると店売と外商で成り立っている(不動産収入等本の売買以外の収益は今回は含まない)。書店の外商の大きな柱が、図書館と教科書である。図書館ルートと教科書ルートの販売額を含めると、まだリアル書店ルートがインターネット経由を上回っている。

 図書館ルートは、小・中・高校、大学・短大・高専、公共図書館の図書購入額の合計となっている。教科書ルートは、小・中・高校、特別支援学校で使用される教科書と教師用指導書の販売額の合計である。

 図書館と教科書の市場規模は減少しているものの、微減という状況である。店頭の販売額の減少が、外商の重要性を浮かび上がらせているともいえる。全国チェーン書店の中核都市以外の自治体への進出とネット書店の利用拡大による売上不振という逆風を乗り切り、現在も営業を続ける地方のまちの書店が数多くある。その多くの書店が、小・中・高校、大学・短大・高専、公共図書館の図書納入、そして教科書という外商を収益の柱としている。不況や少子化の影響で、雑誌や一般書籍の売上が毎年落ち続けている中で、教科書販売が最後の砦となっている地方書店が想像以上に多いのだ。少子化の他にも、教科書のデジタル化が進められていることもあり、教科書販売の先行きが不透明となっていることも不安材料である。

 また、教科書ルートの売上に大きく貢献する大切な商材が教師用指導書である。教師用指導書は、教科書取扱書店(取次供給所)の専売商品であり、4年に一度の教科書検定済教科書の改訂の際は、外商書店にとっては大きな売上をもたらしてくれる。2024年には小学校が、2025年には中学校が改訂を迎える。ここを一区切りと考える書店さんの声を耳にする機会が増えた。

 いまこそ、書店経営における基盤をしっかりと整える必要があり、そのために知恵を寄せ合わねばならない時期でもある。大きな出版業界における地方書店群の役割は大きい。持続可能な書店経営に向けての抜本的な議論が行われることを期待したい。


田口幹人(たぐち・みきと)
1973年岩手県生まれ。盛岡市の「第一書店」勤務を経て、実家の「まりや書店」を継ぐ。同店を閉じた後、盛岡市の「さわや書店」に入社、同社フェザン店統括店長に。地域の中にいかに本を根づかせるかをテーマに活動し話題となる。2019年に退社、合同会社 未来読書研究所の代表に。楽天ブックスネットワークの提供する少部数卸売サービス「Foyer」を手掛ける。著書に『まちの本屋』(ポプラ社)など。


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