週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.132 丸善丸の内本店 高頭佐和子さん
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- 100歳までパリジェンヌ!
- なぎさホテル
- 伊集院静
- 小学館文庫
- 弓・シャロー
- 早川茉莉
- 淡谷のり子
- 生まれ変わったらパリジェンヌになりたい
- 目利き書店員のブックガイド
- 高頭佐和子
『生まれ変わったらパリジェンヌになりたい』
淡谷のり子 編/早川茉莉
河出書房新社
昭和生まれなので、淡谷のり子さんがテレビに出演していた姿は何度も見ている。ものまねタレントを厳しい言葉で叱ったり、「演歌は嫌い」だとか「あの人たちは歌手じゃなくカス」など強い言葉を真顔で言ったり……、登場するだけで空気をピリッとさせる人だった。一方で、いつわりのない笑顔とユーモアを見せてくれるかわいらしい女性であり、時には戦争の悲しみと愚かさを教えてくれる歴史の証人でもあった。メイクやファッションにはいつも隙がなく、おしゃれな人なのだとは思っていたけれど、「生まれ変わったらパリジェンヌになりたい」と思っていたことは知らなかった。実は、私もかつて同じようなことを思っており、なんだか親近感が湧いてしまったのだが……、読んでいるうちにそんな甘ったるいことを思った自分がちょっと恥ずかしくなってしまった。
青森県の大きな呉服屋の娘として生まれた著者は、裕福でわがままいっぱいの子ども時代を過ごすが、父親の放蕩のせいで家業が傾いてしまう。母と妹の三人で東京で暮らすことになるが、生活は苦しい。学費が十分に用意できる状況ではないのに、母は音楽学校に行くようにと勧めてくる。さほど気乗りしないままに進学した著者だが、声楽の才能を発揮し、音楽の世界に引き込まれていく。
学費も生活費も不足して休学するが、美術学校や画家のアトリエでヌードモデルをして資金を稼ぎ、復学してクラシックの基礎を身につけるのだ。悩んだ末に、当時は社会的地位の低かった流行歌手になったことで、音楽学校の卒業名簿から名前が消されてしまう。それでも、淡谷さんは自分で決めた人生を堂々と歩いていく。戦時中に、贅沢やおしゃれが禁じられても、ドレスを脱がずハイヒールを履いて、口紅もエナメルも決して落とさなかった。慰問に行っても軍歌は歌わず、兵隊さんから請われれば、罰せられることを覚悟して禁じられたブルースを歌った。
好きなこと、やりたいことを決して手放さない信念、どんな逆風も跳ね返す力強さ、権力にも屈さず自分を貫く勇気、明治生まれとは思えない斬新な発想……。ブルースの女王は、テレビで見ていた以上にすごい女性である。さまざまな苦難を乗り越えてきた淡谷さんの言葉は、礼儀知らずや努力をしない人、「心の勉強」をしない女性たちに厳しい。電車の中でついつい眠りこけたり、隙あらば楽をしようとする私には耳の痛いことばかりだけれど、前を向いて自分の能力を社会の中で生かそうとする普通の女性たちに向ける視線は温かい。
「人生はいつでも挑戦です。可能性はあなたを待っているのです。」
この一言に、怠け者の私の背筋もビシッと伸びた。
最後の章では、淡谷さんのかわいらしい一面に笑顔になってしまった。「生まれ変わりなんて信じていない」と言いつつ、ずっと以前にニースで暮らしていたことがあったのかも、とかパリジェンヌに生まれ変わって、フランス語でシャンソンを歌いたい、今度は絶対、美しく生まれてきたい、なんて書いているのだ。
もし、同じ時代に生まれ変わることができたら……、私もやっぱりパリジェンヌになって、淡谷さんの美しい歌声を聴きたいなあ、なんてことを思っている。
あわせて読みたい本
『100歳までパリジェンヌ! いつも機嫌よくおしゃれに!』
弓・シャロー
扶桑社
生まれ変わったらパリジェンヌになりたかった淡谷さんの本を読んだあとに、再読したくなったのはこの本です。淡谷さんより30歳年下の弓さんは、日本の名家に生まれてデザイナーになり、渡仏して今もパリに暮らす日本生まれの現役パリジェンヌです。日々の暮らしを楽しく、そしてすてきに年を重ねている弓さんに憧れます。お料理、インテリア、ファッション、そして心の持ち方まで、たくさんのヒントをいただきました!
おすすめの小学館文庫
『なぎさホテル』
伊集院 静
小学館文庫
著者が小説家になる前、逗子の海岸にあったホテルで過ごした日々が描かれています。無名の若者を、そこで働く人々はなぜ家族のように大切にしてくれたのか。読んでいるとわかるような気がします。「私たちにとって、帰ることができる場所、時間があるのはしあわせなことである。」あとがきにある著者の言葉ですが、私もこの本を読みながら、なつかしい人との思い出やもう帰ることの出来ない場所の記憶がよみがえってきました。伊集院さんは、時々店に来てくださる作家さんでしたが、私たちにも温かくきさくで、いつもお会いすると「元気か?」と笑顔で声をかけてくださいました。そんな思い出も、私にとっては「帰ることができる時間」です。
高頭佐和子(たかとう・さわこ)
文芸書担当書店員です。丸善丸の内本店は東京駅の目の前です。ぜひお越しください。