週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.124 丸善丸の内本店 高頭佐和子さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 丸善丸の内本店 高頭佐和子さん

すきなもの たのしいことAtoZ '80s〜'90s少女カルチャーブック

『すきなもの たのしいこと AtoZ ’80s ~ ’90s 少女カルチャーブック』
杉浦さやか
祥伝社


 今は一般の人がSNSで写真やコメントを発信することなんて、珍しくもなんともない時代だけれど、それってここ十数年のこと。90年代あたりまでは、芸能人でも読者モデルでもセレブでもないごく普通の女子の日常なんか、別に知りたくもないでしょ? と誰もが考えていたと思う。

 そんな時代から、自分の「好き」を熱心に発信し続けていた人がいる。この本の著者で、今年でデビュー30周年を迎えるイラストレーターの杉浦さやかさんだ。著者は、まだ駆け出しだった頃から、手作りの新聞に好きなものやかわいいものをたくさん詰め込んで、友達に渡したりしていた。本を出版すると、すぐに同世代の女性たちから注目された。杉浦さんの本には、イラストが上手でセンスがいい同級生から絵手紙をもらうような、他の本にはない楽しさがある。多くの読者は、きっと杉浦さんのことを大事な友達のように感じていて、今もずっと好きなのだと思う。

 子どもの時代から記録マニアだったという著者が、80年代から90年代初頭にかけて好きだったものや楽しんでいたことを、洗練されたイラストと軽やかな文章で描いたのが本書だ。登場するのは、王道の少女文化ばかりではない。お菓子や電化製品など、生活の中に当たり前のようにあっていつの間にかなくなってしまったものも描かれている。著者の驚異的な記憶力(というより記録力?)と細やかで愛情深い描写に、忘れ果てていた過去の残像が次々によみがえってきた。

『mc Sister』『オリーブ』など、偉大なファッション雑誌も描かれているけれど、ティーン向けのインテリア雑誌『私の個室』や人気アイドルが登場する『明星ヘアカタログ』など、この本を読まなければ一生思い出すこともなかった雑誌がしっかり登場しているところが同世代としてはツボにハマる。チープなカラーボックスを可愛く飾ろうとして迷走したことや、サイドがブロウされたアイドルの髪型にちょっとだけ憧れていたことを思い出して、今さらながらにひとり赤面……。

 地味な小デブの私にはあまりに敷居が高かった「ATSUKI ONISHI」(オリーブ少女の憧れブランド)と同じページに、庶民的なお値段のティーン向けカジュアルブランド「CABIN」が登場しているのも感慨深い。気に入っていたシャツのことも、こういうブランドがあったことすらも、すっかり忘れていた。

 思春期になり、お母さんが作ってくれた服が恥ずかしくて文句を言ってしまったことについては、私の記憶かと思ってしまったくらいだ。今、イラストで見るとかわいいし、愛があるなあと思う。だけど、当時は市販の服の方が断然おしゃれに見えたよね。「ごめんね、お母さん」の一言に、私の心もちょっぴりチクッとする。

 10代20代だった時のことは、半分以上が黒歴史だと思っている。そのころの服や雑貨や髪型は、当時のコンプレックスや過剰な自意識と重なって、思い出すと逃げ出したいような気持ちになってしまう。だけど、そんな気持ちも含めて、過ぎていった日々に愛しいものや大切な人がたくさん存在したことを、この本は教えてくれた。

 今使っている電化製品も、職場に行く時に使っているバッグも、しょっちゅう買っているアイスクリームも、ヨレヨレの部屋着も、いつか懐かしく思い出す日が来るのだろうか? そう思うと、味気なく始まり疲れて終わった今日という一日の中にも、愛しいものやささやかな楽しみは、いくつもあったのかもしれない。この本を読み終わった今、そんな温かい気持ちになっている。

 

あわせて読みたい本

安西水丸 東京ハイキング

『安西水丸 東京ハイキング
安西水丸
淡交社

 杉浦さやかさんの大学時代の恩師で、初めて絵をほめてくれた大人だったという安西水丸氏が、東京のあちこちを歩いて書いた1冊。街の歴史やご自身の思い出にさらりと触れる文章を読み、味のあるイラストを見ていると、東京っていい街だなあ……と思います。同じことを、杉浦さんの『東京ホリデイ』を読んでいるときにも感じました。画風も目の付け所も違うけれど、身近なものや好きなものに対する愛情を描いて、人を温かく愉快な気持ちにさせてくれるところがよく似ているなあと思います。

 

おすすめの小学館文庫

ツタよ、ツタ

『ツタよ、ツタ』
大島真寿美
小学館文庫

 明治時代の沖縄に生まれた実在の人物をモデルにした小説です。子どもの頃から書くことに惹かれていた女性・ツタは、作家になることを目指します。書いた原稿が雑誌に掲載されますが、思わぬ反響から筆を折ることになってしまいます。時代や運命に翻弄されても、自分の人生を生き抜こうとするツタの不思議な力強さに圧倒されました。ずっと忘れられないヒロインです。

高頭佐和子(たかとう・さわこ)
文芸書担当書店員です。丸善丸の内本店は東京駅の目の前です。ぜひお越しください。


吉川トリコ「じぶんごととする」 7. 本の地図をひろげて
額賀 澪『タスキ彼方』